わたしも。



「おや?あれは……」
登校する生徒で賑わう朝の並木道。
自称に加え、最近では他称も加えられてきた感のある「写真部のエース」蔦子は人だかりを見て呟く。
「また祐巳さんか」
最強の紅薔薇の蕾、歴史上これほど多くの生徒どころか教職員までを熱中させたブトゥンはいないだろうと言われている。

一例を挙げればミルクホール。
前紅薔薇さまの蓉子さまと卒業前に過ごした数分が忘れられないのか、あれから祐巳はよく顔を出すようになった。
『ここに来ると、蓉子さまのこと思い出すの』
昨日一緒に飲み物を買いに行った時、しんみりと言っていたが。
蔦子にとっては感慨に浸るどころではなかった。
昼食時のパン競争で混むのは以前からだったが、ここのところの混雑具合は異常だ。
しかも人混みがなぜ購買ではなくて自分たちの周りなのか。
更に言えば、祐巳はそのことに全く気づいてないし。
『そう言えば混んでるよね、最近』
祐巳が飲み物を買おうと移動すれば、モーゼの十戒よろしく人の群れが開かれるのだから、その程度の認識なんだろうけど。

確実にこの祐巳フィーバーを証明しようとするなら、わかりやすいのは蔦子の懐具合。
写真部の部費だけであの大量のフィルム代や薬品代を賄えるわけもなく。
まあ、そういうことだ。

で、この目の前の人混みもまた、祐巳人気を表すもはや最近のリリアン名物のひとつになっている。
塊が移動しているのは祐巳の足にあわせているのだろうか。
でも、こんなにゆっくりだったっけ?と蔦子は首を傾げながらその中にツインテールを捜した。
「いた」
笑顔で挨拶や言葉を交わしたりしているが、遠目からも多少げんなりしている様子が窺われる。
「そりゃそうよねぇ」
これだけの人数に囲まれていれば、幾ら鈍感な祐巳だって『何か人が多いなあ』とは思わないだろうし、この人数と挨拶を交わすだけでもかなりの重労働になってるはずだ。
「仕方ない、一肌脱いであげますか。と言っても18禁じゃないわよ」
誰に言ってるんだからわからないことをひとりごちながら、蔦子はカメラを片手でガードしながら人混みを掻き分ける。

「祐巳さん」
「あ、蔦子さん。ごきげんよう」
ちょっと疲れた表情だったが、それでも見知った蔦子の顔を見つけて明るく笑う。
思わずミイラ取りがミイラに……ってちょっと表現が違うけれど、危うく集団と同類になりそうになった蔦子は、その強力な『祐巳波』から守るためなのか、眼鏡をずり上げた。
「ごきげんよう。ほら、急がないと遅刻するよ」
「え?」
「ほらほら、早く」
「あ、う、うん」
まるで畑から大根を引っこ抜くみたいだ、と蔦子は思った。
もちろん、実際にそんな経験はないけど。

「ありがとう、蔦子さん」
そそくさと輪を抜けると、今日はお祈りもいつもより短めに済ませて祐巳が蔦子にお礼を言う。
「なんの。でも、祐巳さんももうちょっとはっきり言った方がいいんじゃない?祥子さまみたいに」
「うーん、お姉さまみたいな凛々しさは私には無理だよ。それに、折角挨拶してきてくれているのに、さらりと交わすなんてできないし」
そういうところが祐巳の良さなんだけど。
「まあ、祐巳さんにはできないわね、確かに」
「うん。でも、私にできないことは蔦子さんが助けてくれるから」

くらっ。

やばい、これはやばい。
祐巳さんの魅力は、姿形、言動の可愛らしさだけでなくて。
自分のできないことをできるように努力したうえで、それでもできないことは素直に周囲の人間に助けを求められること。
祥子さまのように、決して弱みを見せない人の凛々しい美しさもいいけれど、こうして弱いところをちゃんと自覚できるってことも立派なんじゃないかな、と思う。
で、この上目遣い。
これはマズイ、本当にマズイ。
母狸に……って、それじゃあ雰囲気がでないか。
母犬にお乳を無心する子犬のような、雨に打たれて震える子猫が縋るような、そんな目でうるうるされた日にゃあ……
い、いやここはまだ祐巳さんファンクラブの面々の視界に入っている。

「ね、蔦子さん」
ああっそんな無垢な瞳で私を見ないでー
お、落ち着け、落ち着け私!

「だから私も蔦子さんの力になりたいし……でも、私の力なんて蔦子さんの助けになんかならないよね……」
ああっもう!
ツインテールまで萎れちゃって。
しかも何だかさらりと嬉しいこと言ってくれて。
うう……がんばれ私。
ていうか、お願いだからがんばって、私の理性。

「でも、私の力が必要だったら、いつでも言ってね」
いやもう、今すぐ必要です。

「私、蔦子さんのこと好きだから」

ああもういいや。
ごめんなさい天国のおばあちゃん。
やっぱり私も、祐巳さんの虜のようです。




で。
思わず祐巳さんをぎゅっとしてしまった私に突き刺さる視線は、その日一日中、絶えることはなかった。
特に痛かったのは、同じクラスの由乃さん。
それと、休み時間の度にやってきて、私をあの天使の微笑みで牽制する志摩子さんだったことを、追記しておこう。
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# by rille | 2004-08-28 02:46 | まりみてSS