年末大戦争







それは冬休みに入ったある日のこと。

「お姉さま、これは?」
「ああ、それは捨てていいわ。もう使えないし」
「令はまだ帰って来ないの」
「さっき出かけたばっかりですよ、江利子さま。ていうか、もう飽きたんですか」
「あ、志摩子そこ気をつけて。崩れやすいから……って、うわわわわわっ!」
「お姉さまっ?大丈夫ですか?」
そう、なんとなく想像つくかと思うけれど、薔薇の館は年末の大掃除中。
終業式前後はあれやこれやと何かと忙しく、満足に掃除もできなかったから冬休みの間に集まってやろうということで、受験を控えた薔薇さま方まで集まって。
「大丈夫、聖?ってまあ、あなたのことだからこれくらいじゃどうってことないでしょうけど」
「愚問よ蓉子。むしろ頭でも打って少しでもマシな思考回路になってるかも知れないわ」
「あたたた……あんたら、好き勝手言ってくれるわね」
頭上から降ってきたダンボールやらなにやらに埋もれ、恨めしそうに蓉子さまと江利子さまを睨みながら立ち上がる白薔薇さまがふ、と床についた片手の違和感に気づく。
「おや。これ何だろう」
ずぼっと引き抜いてしげしげと眺めていると、
「ゴミでも見つけたの?……あ、これ」
「面白そうなものなら何でもいいわ。で、何、何?……あら?」
「お姉さま方、まだ掃除は終わっていないんですよ」
「まあまあ祥子、固いこと言わずにさあ……いや、わかったよごめん。ちゃんと掃除しよう」
「は?」
あまりにも意外な聖さまの発言に、祥子さまはそのお美しいお顔をポカーンとさせて。
散らかったものを片そうと集まってきた由乃さんと志摩子さんも同様。
傍で見ていた祐巳だけは、なんとなく感じた悪寒にぶるっと体を震わせた。
「聖、これって」
「……間違いないわね、去年のアレだわ」
「そう、そこで相談なんだけど、(ごにょごにょ)はどう?」
「あらいいわね。でもそれなら(ひそひそ)って手の方が」
「甘いわよ江利子。ここは(こそこそ)が(ぼそぼそ)でしょう。あなたたちだって貰ってないんでしょう?」
「いいね」
「いいわね」
「でしょう?」
にやり。
祐巳は見た。3薔薇さまの目が肉食獣のように輝くのを。
そして理解した。捕食されるのは間違いなく自分であることを。
「お、お姉さま……あの、薔薇さま方が……」
慌てて保身のために祥子さまに話し掛けようとするが、たかが子狸ごときが凶暴な肉食獣に敵うわけがなかった。
「祐ぅ~巳ちゃんっ」
「ぎゃうっ!」
「白薔薇さまっ!まじめに掃除なさるんじゃなかったのですかっ」
「ん?もちろん掃除はするよ、ちゃんとね」
あえなくいつのまにか背後に忍び寄った白薔薇さまに補足され。
その間に、
「(ぴっ)……ああ、令?悪いんだけど掃除が終わったらそのまま忘年会に突入することになったから、その準備もお願いするわね。ええ、そう。いえ、それだけじゃ足りないでしょう。そうね、追加の机と椅子を……4脚くらいかしら、買ってきてちょうだい」
「え、江利子さま……?」
聖さまにしがみつかれ、ぎゃあぎゃあと言い合うお姉さま、そして加わってきた由乃さんとの喧騒の中から漏れてきた黄薔薇さまの会話に戦慄を覚えて何とか祐巳が尋ねようとするも、
「あとは鍋にしたいからカセットコンロと土鍋、それから……う~ん、雰囲気って大事よね。面倒だわ、こたつも買ってきて。わかってるわよ、だから祥子と志摩子、それに由乃ちゃんを増援に向かわせるから。ああ、領収書はちゃんとリリアンで切っておいてね。じゃ」
あえなく会話は終了。会話っていうか、一方的な命令な気もするけど。
通話を終えてぱたん、といい音をさせて携帯を閉じた江利子さまは、これまた今までにないようないい笑顔で振り返ると、祐巳を中心に怪しげな制服の塊と化した一群に言い放った。
「そういうわけで、よろしく」
「何がそういうわけなんですかっ!」
思った通り、噛み付く由乃さんに、
「机に椅子って、何ですか。そんなもの私たちが行っても持って帰れるわけがありません!」
そりゃそうだ。祥子さま、意外と冷静。
「大丈夫、大丈夫。君たちが帰ってくるまでに掃除を終わらせて、ちゃ~んと待っててあげるから」
「そういう問題じゃありませんっ!」
またしても紛争勃発。
頭上が戦争状態となった祐巳はぐったり。
それでも何とか抜け出そうと起死回生の策を提示しようと努力だけはしてみた。
「あ、あの!お姉さま、なら私も手伝いますし、台車を持っていけば何とか……」
「祐巳ちゃん」
ぎくり。
出た、薔薇さま最強のお方の一言。
聖さまや江利子さまには噛み付く祥子さまたちも、さすがに動きを止めて声の主へ振り返る。
ただ、その動きというのが、わきわきとした感じで止まっているのがとてつもなく怪しい。
由乃さんは机を振りかぶっているし、それどころか志摩子さんなんて、いつの間に加わったのか……ってよりも発呪しそうなその手の型は何なんでしょうか、さすがはお寺の娘さん。
と、祐巳が妙な感心をしていると、
「祐巳ちゃん」
もう一度紅薔薇さまに呼びかけられる。
「は、はいっ!何でしょうか、蓉子さま」
優しい声なのに思わず姿勢を正してしまうのは、やはり相手が蓉子さまだから。うーん、さすがは最強の薔薇さま。
「祐巳ちゃんは、この間のクリスマス、祥子にプレゼントをあげたわよね」
「……は、はい」
この先の展開を感じとった祥子さまが固まり、由乃さんがやばい、と言わんばかりの表情でだらだらとガマの油売りよろしく冷や汗を滝のように流す。
「由乃ちゃんは何を貰ったのかしら?」
にっこ~り、と客観的に見れば包容力のある優しい微笑み、当事者から見ればこのうえもなく危険な邪笑いを由乃さんに向ける紅薔薇さま。
「う……猫のぬいぐるみです」
「そう。志摩子は?」
「2人っきりの甘い夜を」
「うぇっ?!」
「志摩子っ?!」
「志摩子さん、何ですって?!」
「冗談ですわ。もちろん昼間です」
ほ~っと胸を撫で下ろすお姉さまと由乃さん。でも、2人きりというのは否定しなかったんだけど、それでいいのかな。
あ、もちろん最初のうぇっという間の抜けた叫び声は、あれは2人だけの秘密なのに、という祐巳の叫び声。
薔薇さま方はさすがにそこに気づいたようで、こめかみにぶっとい筋が立っていたけれど、何とか穏やかに続ける。
「そう、良かったわね……」
「蓉子、それキャラ違うから」
「中の人すら合ってないじゃない」
鋭い突っ込みが白薔薇さまと黄薔薇さまから入るけれど、蓉子さまは涼しい顔して受け流すと、
「それはともかく」
ずびしっ!という効果音が聞こえてきそうなほどに鋭い指さし。
「令にも教えてくれた成果をってことでクッキーを焼いてあげたわよね?なのに私たちは何も貰っていないわ……」
あう。
演技だとわかっているのに、見る者の胸を突き刺すような悲しげな表情で俯き加減に話す。
ていうか、令さまにクッキーをあげたことなんて何で学校にも来なかった蓉子さまが知ってるんだろう。
「いえ、いいのよ。祐巳ちゃんを責めているわけではないの」
「あう……」
それが手だとわかっていても、祐巳に何かが言えようはずもなく。
そしてそれは、紅薔薇さまの手法をよくご存知であり、尚且つそう来ると予測もしていた祥子さまでさえ例外ではなく、言い返したいけど言えないというような表情で苦々しく蓉子さまの独白(?)を聞くしかなかった。
「ただ、去り行く私たちにも……」
が、しかし。
そこで手を抜くほど蓉子さまは甘くなく、トドメとばかりに遠い目をして溜める。
この間の取り方もまた、絶妙。
「そう、思い出が欲しいのよ」
ほんとかよ!欲しいのは思い出か?祐巳の(ピー)とか(ピー)とかじゃなく?
と突っ込みたいのを無理矢理押さえ込む祥子さまと由乃さん。溜め込むのは体に悪いよー、なんて祐巳が言っても火に油なだけだから言わないけど。ていうか、今まさにその祐巳自身がピンチなわけであって。
このまま祥子さまや由乃さん、志摩子さんが紅薔薇さまに陥落されたらそれこそ身の破滅、ぶっちゃけ貞操の危機。
乙女の貞操はそんなに安いものじゃありません。
「あ、あのあの……薔薇さま方にはちゃんと、卒業のお祝いというか……」
何とか頑張る子狸。
白薔薇さまに抱え込まれ祥子さまに腕を掴まれ、由乃さんと志摩子さんを腰や腕にぶら下げる状態では迫力不足も著しいけど、だけどちょっとだけ頑張ってみる。
「そう、卒業の……ね。祐巳ちゃんはやはり優しいわね。でも、私たちはそう、卒業してしまうの」
でも、じゃねぇ。
これは恐らくその場全員の突っ込み。
味方であるはずの薔薇さま方でさえ、そんな目をしていた。
話の前後に繋がりがない、それはわかっているのだが……
「別れは避けられない、それはわかってる。祐巳ちゃんとの楽しい日々は私たちにとって遠い思い出になる。そして祐巳ちゃんにとっては……消え行く記憶でしかないのね」
演技もここまでいきゃ上等。
どんな返しも更に上を行く鮮やかさで自らの説得ポイントに変換していく、恐怖の紅薔薇さま。
さり気なく「思い出」と「記憶」を使い分けている辺り、芸が細かいというか何というか。
それでいて誰にもその不自然さを感じさせないのだから、これはもう、つぼみやつぼみの妹たちの敵う相手ではなかった。
その証拠に、祐巳なんてもうウルウルしてるし。
「そ、そんなことありませんっ蓉子さま!」
はい堕ちた、いや、落ちた。
年輪を重ねて鮮やかさと艶やかさと強かさを完全に我が物にしている紅薔薇さまに、たかが子狸な紅薔薇のつぼみの更に妹が落ちるのは、時間の問題だったのかも知れない。
「なら祐巳ちゃん」
それでもちょっと翳りのある表情を演出することを忘れずに。
「私たちにも……思い出をくれる、のかしら」
きったねぇ……リリアンに通う生徒としてその言葉遣いはどうかと思うけど、それしか言葉が浮かばねぇ。
と、これは祥子さまたちの心情。
そしてその後に続く祐巳の台詞がもう、完全に読めてしまって薔薇さま方はにやり、祥子さまたちはがっくり。

「はい!もちろんです!」








「さあ~て、じゃあ掃除を終わらせようかね」
祥子さまがハンカチをぎりぎりと絞りながら、由乃さんがお下げをぴーんと伸ばしながら、志摩子さんが微笑みつつも怪しい真言みたいなのを口の中で呟きながら出て行った後の薔薇の館で、聖さまがにかっと笑顔を向けながら言った。
「え……あ、ほんとに真面目に掃除されるんですね」
「そうだよ。んー、酷いなあ祐巳ちゃんは。私たちが真面目に掃除しないとでも思ったわけ?」
「あ、いえ、そういうわけでは……って、白薔薇さま?」
「なに?」
「それ、なんですか」
「メイド服」
「……や、それは見ればわかるんですけど」
脱力しながら、とは言え何となくただ掃除するだけじゃないんだろうなあとは思っていたんだけれども。
でもまさか、こんな展開で来るとは思っていなかった祐巳は、次の行動が手に取るようにわかって……まあ、わからない人間なんていないだろうけど、とにかく無駄だと思いつつも何とか助かる手立てはないものかと蓉子さまと江利子さまに視線を走らせる。

……だめだ、これは。
江利子さまは当然のように目を輝かせているし、頼みの綱の蓉子さまもまるで込み上げてくる涎を我慢しているような、そんな表情で祐巳を見つめている。
祐巳は深く溜息をつくと、さてこの窮地をどう逃げ出そうかと算段を始める。
相手は手の動きは怪しいしメイド服に涎を垂らさんばかりに迫ってくる、色情狂(蓉子さま命名)の白薔薇さま、楽しいことを見逃すはずもない黄薔薇さま、最後の砦である山百合会の良心、蓉子さまも頬を染めながらなにやら妄想に入っているご様子。
逃げようもなければ相手が悪すぎて戦うにも不利すぎる。

はあ~……

またしても深く溜息をつくと、悲壮な決意を胸に祐巳は3薔薇さまに向き合った。
「白薔薇さま」
「なーに、祐巳ちゃん」
「……とりあえず、涎を拭いたらどうです」
「あ」
「無様ね」
「蓉子、それ台詞が違う……ていうかあなた今日はそのネタが多いわね」
「放っておいて。……好きなのよ」
「へぇ、蓉子がね。ちょっと意外かな」
「何よ聖。あなただってアニメくらい見たことあるでしょう」
「あるけどさ、ずっと昔の話だよ?それこそ幼稚舎とか初等部の低学年くらい」
「そうよね、私も見てたのはそれくらいの頃かしら」
薔薇さま方の話題が逸れたのを見た祐巳は、これ幸いとじりじりと後じさる。
どうせ正面からいっても敵いっこないのだから、このチャンスを逃す手はない。逃げるに如かず、だ。
薔薇さま方の様子を見ながら、少しずつ扉ににじり寄る。
「えー、でもあれって私たちが8歳の頃じゃなかった?」
「違うわよ聖。もっと前だわ」
「ねぇねぇ蓉子、それよりも私としてはアニメに求めるものが……」
薔薇さまは当初の目的はどこへやら、何故だかアニメ談義に華を咲かせている。
その隙に扉まであと少し、というところまでに辿り着いた祐巳に、不意に薔薇さまが振り返った。
「祐巳ちゃん、どこに行くのかな~」
「まさか私たちが見てない隙に逃げようだなんて思ってないわよねぇ?」
「あら江利子、私の祐巳ちゃんがそんなこと考えるわけないじゃない。ね、祐巳ちゃん?」
でもやっぱりダメだった。
所詮は子狸、猛獣には抗いようもないのか、そう諦めつつ祐巳の体に群がる6本の魔手に、目を閉じて身を堅くする。
(祐麒、お姉ちゃんは一足先に大人への階段を登るからね……)
本日二度目の悲壮な決意を胸に、襲い掛かる魔手を予感し……
「ほぇっ?!」
もの凄い音と共にびっくりして目を開けると、
「……へ?あの、えーと」
累々と横たわる、いや倒れてるお姿もさすがに薔薇さまだけあってどこか品格漂うわけだけど、
「って、倒れてるのに品格もなにもないじゃない」
と自分に突っ込みを入れつつ、改めて目の前の惨劇を注視する。
変わったところと言えば……
まず、薔薇さま方に漫画でしかみないような大きなコブができてる。
それから、椅子が増えてる。
ついでに机も増えてる。
「……机?」
机が増えてるってちょっと異常すぎ。
中央にいつもの大テーブル。そしてその横に転がってる(としか表現しようがない)長テーブル。
と言っても学校の備品にあるようなものじゃなく、それなりに意匠も凝らしてある。
こんなテーブル、見たことない。……と、いうことは。
「祐巳さん、大丈夫だった?」
ぎぎ、と首を回して扉の方を向くと、そこには天使のような微笑を湛えた志摩子さんが立っていた。
「あの、志摩子さん……」
「嫌な予感がして、いえ予感はお姉さまたちの陰謀の時点で明らかだったのだけれど、急いで帰ってくる途中で祐巳さんの貞操の危機を感じたの。それではしたないとは思いながらも走って帰ってきたんだけれど。間に合って良かったわ」
「……はあ、貞操の危機ですか」
確かにそうだったんだけど。
走ってきた、って買い物に行った場所ってすっごく遠いよ?
距離はまだしも、ここに机が転がってるってことは、志摩子さんこれ持って来たんだよね?
机だけじゃなく椅子もあるし、手には重そうな買い物袋まで提げてるよ?
色々と突っ込みたいところは多々あったけれど、とりあえず志摩子さんの言う「貞操の危機」は事実だし、志摩子さんのおかげで回避もできたのだからお礼は忘れないようにしないと。
「志摩子さん、どこから突っ込めばいいのかわからないんだけど、とりあえずありがとう。助かったよ」
そういう祐巳に、
「いえいいのよ。お礼なんて別に。ただそうね、どうしてもお礼をということであれば」
「はい?」
そりゃ助けてもらったんだから、お礼はしたいけれど。
何か随分早口だね志摩子さん。それに嬉しそう……ていうか遊園地に行く前日の子供みたいな、わくわくを抑えきれないって顔してるよ?
「ええ、そう、そうだわ。そのメイド服を着て私と一緒に」
うん、志摩子さん。実はね、何だか嫌な予感はしてたんだよ、私も。
「めくるめくひと時、いえ、一緒に掃除を」
ああ……ごめんね祐麒、お父さんお母さん。
祐巳は悪い子、ってそんな覚えはないんだけど、やっぱり大人の階段を登ることになっちゃいそうです。
「はぁ、はぁ……い、いっしょに……きゃっ?!」
……?志摩子さん?
「大丈夫だった、祐巳さん(ちゃん)っ?!」
ぎゅっと閉じていた目を開くと、そこには薔薇さま方に重なるように倒れ伏す志摩子さんの姿。
そしてお約束のように転がる土鍋。
「……令さま、由乃さん」
「お姉さまからの電話を貰った時点で何か謀ってることは明らかだったんだけど、志摩子からも邪悪なオーラを感じたから」
「私たちも慌てて帰って来たのよ。無事でよかったわ、祐巳さん」
……オーラて。令さま、最近どんな小説をお読みになられているんですか。
やっぱり突っ込みどころが判らなかったけど、ここでもお礼は……うん、口頭でしっかりお礼を伝えておいた方がいいよね。
「令さま、由乃さん、ありがとう。ほんと感謝してる。さ、掃除を……」
「いやだな祐巳ちゃん、お礼なんていいんだよ。でも」
「そうねお姉さま。どうしてもお礼をと言うのなら……」
……えーと。流れから行くと、次はお姉さまなのかな。
それで、その次は3年のお姉さま方で、それから2年のお姉さま方、次は1年生のみんなに最後は先生方で締めだよね、きっと。

そして祐巳は最早悲壮でもなくなった決意というか諦めを胸に、目を閉じた。







「そろそろかな」
祐巳が命名したところのビスケットの扉、その前で蔦子は溜息と共に吐き出した。
冬休み中ということで、さすがに全校の生徒・教職員というわけではなかったのは幸いだ。
それでも一体どこから流出したのか――まあ恐らくは、町中をどたばたと目を血走らせながら走り回っていた山百合会メンバーの様子から推測し、どこからか情報が伝わったんだろうけれど――祐巳のメイド服姿を拝もう、そしてあわよくば一晩中くんずほぐれつ……なんて妄想に駆り立てられたリリアン関係者の屍が、薔薇の館に向かうまでの途中にもごろごろしていた。
その数は薔薇の館に近づくに連れて多くなり、館の中に入るともう、どうやって歩けばいいのか困ったくらいだ。
階段の途中で発見した内藤克美さまの姿には驚いたけど、ま、どんな人物であれこのリリアンにいる限り子狸の悩殺から逃れ得る人間などいないのだから、ある意味仕方ないのかも知れない。

「ごきげんよう、祐巳さん」
ドアを開けると、そこにはやや疲れた表情で座り込んでいる紅薔薇のつぼみの妹。
愛らしいツインテールもどことなくしおれて見える。
「あ、蔦子さん」
「さすがに疲れたみたいね。レベルAなんて連発するから」
「……へ?レベルA?」
「あ、ごめんごめん、こっちの話」
きょとんとした祐巳に、それでも身の危険を感じたら発動される封印奥義があってよかったわね、と心中で呟く。
「大丈夫、祐巳さん」
「え、あ。大丈夫。……蔦子さん、今日はどうして」
「ここに来たのか、って?うーん、まあ、私の祐巳さんレーダーにびんびんきたから、かな」
蔦子の答えにもぴんとこず、ちょっとだけ呆然とした表情の祐巳に近づくと。
「ん……んん……」
「と、やばい。ほら、薔薇さま方が起きちゃうわ。早く帰りましょう」
「蔦子さん?あの、でも私掃除しないと」
「こんなに遅い時間から掃除するつもり?今日はもう仕方ないわよ、さっさと帰らないとこれ以上のレベルA発動は勘弁して欲しいんだから」
というより、薔薇さま方が起きればまた発動される可能性が高いわけで。
近くにいる自分まで巻き込まれてしまっては、安全に祐巳を自宅に送る人間がいなくなってしまう。
これはもちろん、祐巳と蔦子自身の安全のためではまるのだが、それ以上に町の人の安全を守るためでもある。
誰か、特に祐巳の奥義に耐性のある家族か自分が送り届けないと、祐巳がこんな状態では何かあった時に簡単にレベルBくらいは発動されてしまいそうだ。街中で発動されるとどうなるか、リリアン内でさえこうなのだから、想像することすら恐ろしい。
「さ、早く。今日は私が一緒に帰ってあげるから、ね?」
「……ん。なら帰る」
どうやら相当疲れていたらしい。ろれつすら怪しくなっている祐巳に手を貸すと立ち上がらせる。
「ほら、鞄持って。忘れ物はない?」
「うん」
「なら帰りましょうか」

2人が薔薇の館を出、マリア様の前でお祈りを済ませて校門を潜った時にはもう、夜の帳が完全に落ちていた。












そして。

「お姉さま、これは?」
「ああ、それは捨てていいわ。もう使えないし」
「笙子ちゃんはまだ帰って来ないの」
「さっき出かけたばっかりだよ、由乃。ていうか、もう飽きたの?」
「あ、乃梨子そこ気をつけて。崩れやすいから……きゃあっ!」
「志摩子さんっ?大丈夫ですか?」
何だかデジャ・ヴュを感じた。
笙子ちゃんを買い物に出しておいて良かったなあ、と思う祐巳も実のところは良くわかっていないようだった。
別に「紅薔薇」だから弄られるのではなく、祐巳だから弄られるのだから。
そして、
「ごめんなさい、大丈夫よ乃梨子。……あら、これは……」








「はあ、そういうわけなんですか」
「ええ、そういうわけ」
「で、この休み中にも関わらずやたらとリリアン関係者が学園に向かっているこの現象は、去年と全く同じである、と蔦子さまはそう仰りたいのですね」
「そ。で、今年の疲れ切った祐巳さんを最終的に救い出す王子様の役は、妹である笙子ちゃんに譲るよ、ということで」
「それはありがたいのですが……早くお姉さまを助けに行った方がよろしいのでは」
「んー、そっか。笙子ちゃんは妹だから、耐性があるのかもね。でも油断は禁物だよ」
「はい?ああ、お姉さまの最終奥義のことですね。確かに私は毎日それを浴びているようなものですから……」
「あー、ダメダメ。家族や私、それに笙子ちゃんと一緒にいる時は身の危険がないからね。まだ全力じゃないのよ。本気で防御に使った時の威力は……そう、思い出したくもないけれど」
「蔦子さま?」
「彼女の弟さん、知ってるわよね?」
「祐麒さま、ですね」
「ええ、そう。彼が……山寺の生徒たちから祐巳さんを守ろうとして誤射されたことがあったの」
「誤射、って」
「まともに正面から喰らって、一週間、家族によって祐巳さんから隔離されたわ」
「そんなに凄いんですか」
「そう。だからもう少し待ってからね」
「……お姉さまも大変ですね」
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by rille | 2007-01-01 17:44 | まりみてSS
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