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そこはかとなくマリア様がみてる。 marimite.exblog.jp

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まりみてSS現在36本。紅薔薇属性……っていうか、祐笙推奨ブログ(笑


by rille
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もう少し。






霧雨の向こうに手を伸ばしてみる。
霧のカーテンの向こうに、彼女がいるような気がして。
けれど、指先は音もなくまとわりつく蒸気に湿るだけだった。

「ばかね、私」
傘の外に伸ばした手を引っ込めると、蓉子は溜息混じりに呟いた。
いるはずがない、こんなところに。
けれど何となくあの子の呼ぶ声が聞こえたような気がしたのだ。
「疲れてるのかしら」
それはない。
ありがちな5月病──大学の場合は社会人のそれと違って、単にサークルに嵌って講義に出なくなったり、或いは事前に何も考えなかったツケで転部を考え始めたり、仮面浪人したり──も蓉子には無縁だった。
法律がテレビで見るような単純に白黒つけられるものでなく、あくまで判断の基準でしかないことがわかっていたし、そもそも法律を学びたいから法学部にしたわけではない。
法解釈を通して何かしら人生に役立つ考え方を学べれば、そう思って学部を決めただけだ。
それなら他の学部でもよかったのだが、ひとかけらの法曹界への憧れがあったのは否めなかったから。

「単なる空耳ね、きっと」
そう自分の中で決着をつけると、蓉子はもう一度雨の中に手を伸ばした。
降り注ぐというより、空中に分散している雨は、蓉子の白い繊手を濡らしていく。
歩を遅らせながら歩いていくと次第に靄の中から大学の正門が現われ、色とりどりの傘がその中へ吸い込まれていくのが見える。
濃い緑色の傘を見つけて、再び蓉子は高校の学び舎を思い出した。
今頃、武蔵野の濃緑もこんな風に濡れているのだろう。
そして、その中で佇む泣いている彼女……
「……どうしてかしら」
思わず足を止めて呟く。
どうしてだろう。
なぜ、こんなにも彼女が思い出されるのか。
そしてなぜ、彼女は泣いているのだろうか。


そういえばさっき聞こえた声も、涙声だった気がする。
自分が彼女のことを気にしていることはわかっている。
それを誤魔化すことは、卒業の前に諦めた。
聖のことを言えない、そう思った。
寧ろ、以前の聖のように自分の気持ちに素直に生きられることが素晴らしいことなのではないかと思ったくらいに。
そして、あれからの聖のように、自分の気持ちと上手く折り合いをつけながらコントロールしていける強さがとても羨ましく思えた。


自分はどうだったろう。
蓉子自身は自分に嘘をつくことを止めたが、周囲に気づかれてはいけないことはどうにもならず。
特に妹の祥子を中心とする現在の山百合会のメンバーには絶対に。
卒業した人間が、去ってから在校生に余計な心労を与えるわけにはいかないから。
だから自分には嘘をつかなくても、他人には嘘をついてきた。
それが上手くいっていたのかどうか、自信はないけれど。


「大丈夫、大丈夫よ、きっと。あの子には皆がついているのだから」
軽く頭を振って歩き出そうとした瞬間、背中から声をかけられる。
「おはよう、水野さん」
振り返った蓉子の視界に、薄茶色の髪をした友人の姿が入る。
服装が濃緑のロングスカートだったからだろうか。
瞬間、酷い眩暈に襲われて蓉子の体がふらついた。
「ど、どうしたのっ?大丈夫?」
慌てて蓉子の腕を掴む友人に軽く笑って、
「大丈夫よ、ごめんなさい」
すると彼女はオーバーアクションとも取れるくらいに胸に手を当てて、ほっとしたような笑顔を見せる。
「もう、私が声をかけた途端にふらつくから、私のせいかと思ったわよ」
「ごめんね、ちょっとあなたが重なって……」
「え?何に?」
「私の知ってる子に……雨の中独りで立っている姿なんて、見たことないんだけれど」
苦笑する蓉子に、
「デジャヴュってやつね」
笑って返す。
が、ふ、と笑みを収めると蓉子を見つめる。
そんな様子も誰かを感じさせて、どきりとさせた。
「でも、顔色も悪いわよ。ほんとに大丈夫?」
今度は一転して不安そうに覗き込む。
蓉子はそんな彼女に「大丈夫だって」と笑いながらも、押し寄せてくる不安に苛まされ始めていた。


何、これは。
どうしてこんなに不安になるの。


正門に並んで入りかけた足を止め、傘を持つ手に力を入れる。
「……水野さん?」
そのまま踵を返すと、早足で駅へ戻りながら背後に声をかける。
「ごめんなさい、大事なものを忘れちゃったから戻るわ。1限の代返、よろしくね」
「ちょ、ちょと、水……」
「じゃあ、また」
狼狽する友人を置いて、蓉子の足はどんどん速まっていく。

そんな様子を見ながら彼女は苦笑した。
「蓉子さんでも講義をさぼることがあるのね。リリアンの頃からすると考えられないけれど」
久しぶりに名前を口にしてみる。
「話たこともなかったから、彼女は覚えてなくて当然よね……私は高等部からだったし」
リリアン女学園全生徒の憧れだった、薔薇さま。
白薔薇さまや黄薔薇さまに同学年のファンは少なかったけれど、紅薔薇さまには同学年のファンが最も多かった。
それも何となくわかる。
自分もそのうちの一人だったから。
「差し詰め……福沢祐巳さんを思い出したのね、きっと」
自分の雰囲気が彼女に似ていることはわかっていた。
彼女が紅薔薇の蕾の妹になって、脚光を浴び始めた頃に友達に指摘されたことだから。
特に目立つこともなく、百面相で、どこか抜けていて……

仕方ないわね、友人のために一肌脱ぐか。
そう決めると、重い空と正反対な晴れやかな笑顔を浮かべ、彼女は正門を潜っていった。





「夢を見たの」
「夢?」
リリアン女学園では蔦子がカメラを手入れしながら祐巳の言葉を反復した。
「うん。蓉子さまの夢」
「ふうん。ずっと会ってないんでしょ?懐かしくて会いたいと思う気持ちが見せたんじゃないの」
真剣に向き合っているようには見えないが、蔦子は夢を見た理由まで想像していた。

多分……
現実につかめるのは聖さまの手。
だからつい頼ってしまうし、聖さまも手を差し伸べてしまうけれど。
聖さまがしてくれるのはそこまでで。
志摩子さんへと同じように、最後の答えまでは出してくれない。
宿題として祐巳さんに課すだけだから。
でも……

そこまで考えて、蔦子は目を上げて祐巳をじっと見つめる。
このところ沈んだ表情しか見せない友人を、蔦子なりに気にしていたし相談にも乗ってあげたいと思っていた。
けれど、彼女の悩みはきっと、誰にもどうすることもできないんじゃないか。
そんな気がした。
いつものように聖さまが颯爽と現われて何も聞かずに祐巳を包み、落ち着いた祐巳が自力で答えを見つけ出す、そう毎回上手くいくとは思わないけれど。

それに、今回ばかりは聖さまだけじゃどうにもならないかもね。

蔦子は思う。
聖さまが見ているのは祐巳で。
けれど最近の祐巳が沈んでいるのは、祐巳だけの問題ではなくて。
相手あっての問題というのは、どちらか一人をフォローすればいいというものではないと思うから。
祐巳一人が立ち直ったところで、事の最終的な解決にはならない気がする。
では、どうすればいいのかと言うことになると、蔦子にもさっぱりだったのだけれど。
目の前のツインテールを見ながら、「がんばってね」とでも声をかけたかったが、そんな慰めが何にもならないこともわかっていたから、唇をかみ締めて己の無力さを痛感するしかなかった。

そして祐巳もまた、蔦子のそんな苦悩に気づく余裕もなく、チャイムが鳴るまで2人は黙って見詰め合ったままだった。



『そう。じゃあちょっと気をつけておくよ』
「お願いね。じゃあ」
『ああ、蓉子』
「何?」
『……いいの?私、本気になっちゃうかもよ』
「既に本気のくせに、今更何言ってるのよ」
『でも……』
「いいのよ、私は祐巳ちゃんが笑顔でいてくれればそれで。それに、祥子の様子も心配だし」
『損な性分だね、蓉子は』

雨の中、彼女はいつもの傘をさしていなかった。
いつだったか、嬉しそうに大切にしているんだと言って見せてくれた傘を。
祥子が一緒でなかったことや、祐巳の沈んだ表情から何となく推測はついた。
同時に、祐巳のことは令や由乃、聖や志摩子がついているから何とかしてくれると思い、自分は自分の妹のことを考えなければ、と思った。

「妹のことは、姉である私が見なくちゃ、ね」
『……祥子も損な性分してるよ。素直に助けを求められればもっと楽に生きられるだろうに』
「仕方ないわよ、それがあの子なんだから。それに、私はそんな祥子だからこそ妹にしたのだし、それを支えてくれる祐巳ちゃんも、全部まとめて好きなのだから」
『ふふ、それだけ?』
「どういう意味よ」
『別に。紅薔薇姉妹は似ているなと思ってさ。素直なのは祐巳ちゃんだけだね』
「あら、私が素直じゃないとでも言うの?」
『……ひとつだけ。頼りになる先輩と好きな人は違うみたいだよ。認めるのは悔しいけどね』
「聖、私は別に……」
『じゃ、また』
「ちょっと、聖!」





新しい思い出が加わった傘だったのだ。
珍しく傘を忘れた蓉子さまと、一緒に入った思い出が。
だから……

玄関で泣きじゃくる祐巳を、家族は懸命に宥めることしかできなかった。





「すみませんでした、お姉さま。ご迷惑をおかけしてしまって……」
目の前で恥ずかしそうに謝る妹を見つめながら、口元から笑みが零れてしまうのをとどめようもなかった。
「姉が妹の面倒を見るのは当然のことでしょう?迷惑だなんて思ってないわよ」

あの時のお礼を、と言うから何かと思えば。
やっぱり祥子の感覚はどこかおかしいわね。

そう思いながら蓉子は周囲を見回す。
小さく流れるクラシック、華やかではないけれど、意匠と金額がかかっていることは明らかな内装、正装したお客は蓉子たちを除いて全員が品のある年配の紳士淑女。
しかも半分は外国人。
それもあるのだが、メニューが存在しない、まずそのことに驚いた。
この手の店に来たことがないわけでもないけれど、さすがにここまでは。
「それにしても祥子、あなたはもう少し現実的感覚を身に付けられないのかしら?」
苦笑しながらそう言わざるを得ない。

小笠原家に呼ばれたから普通の服装でいけば、そこには何故か正装した祥子と可愛らしいドレスを身にまとって困惑している祐巳の姿があった。
何事かと呆然としている内にお手伝いさんたちに連行され、それにもま 383;唖然としている間に自分もえらい変わり果てた姿になっていた。
そのまま黒塗りの、相変わらずのリムジンに押し込まれ到着したのが郊外の会員制レストラン。
とは言っても一軒の洋館であり、宿泊施設も備えているそうで。
祐巳などは、「レストラン?私の家の3倍はありそうですけど……」と言っていた。

「まあ、お姉さま私を見くびっていらっしゃるのですか?」
蓉子の右斜め前に優雅に腰掛ける祥子は、目を見開いて抗議を表すとその右に居心地悪そうに小さくなっている祐巳の肩にそっと手を置きながら、
「私、祐巳とハンバーガーショップに行ったこともありましてよ」
「でも、ナイフとフォークが」
「お黙りなさい、祐巳」
「ひゃ、ひゃい……」
思わず蓉子は笑ってしまう。
祐巳のヒントで、その場が目に浮かぶようだ。
祥子に怒られてますます小さくなってしまった祐巳に、
「祐巳ちゃん、祥子なんて怖くないんだから、恐れずにどんどん現実感覚を叩き込んであげなさいね」
「お姉さま」
「はいっ蓉子さま」
祥子の抗議と祐巳の元気な返事が重なる。
再び笑い出した蓉子にあわせて、2人も軽く笑声を唱和させた。

まだ祥子には祐巳だけの世界が必要なのだろう。
彼女にとって、祐巳はそれだけ大きな存在で、祐巳がいるかいないかは死活問題になるほどのものなのだ。
だから。
妹がもう少し落ち着くまで。
祐巳を含めた全ての世界を見られるようになるまで。

もう少し、このままでいよう。

幸せそうな姉妹を微笑ましく見つめながら、蓉子はそう思っていた。





「こら、そこのっ!」
「やばいっ!」
がさがさっ
だっ!
ずるっ!
べしゃっ!
「って、おいおい、女の子かっ」
「ええっ?!お、ほんとだ……よくここまで忍び込めたものだなあ」
「お嬢ちゃん、だめだよこんな危険なことしちゃ」
「それは盗撮のことか?それともここに忍び込むことか?」
「くだらん突っ込みを入れるなよ」

久しぶりに紅薔薇一家が揃うというニュースを、他ならぬ紅薔薇の蕾に聞いた蔦子さんはやっぱりパパラッチしていた。
で、VIPも利用するここでは当然警備も厳重なわけで。

「ああー、もう少しだったのにっ!」
by rille | 2004-09-04 22:48 | まりみてSS