まあ。




「私、お姉さまみたいになる」
はあ?
突然何を言い出すかと思ったら。
「それは構わないけど、具体的にはどうするのよ」
当然の突っ込みだと思うから言っておく。
すると祐巳さん、何も考えてなかったらしく。
「うーん……そこなんだよね。どうすればいいのかなあ?」
目標があることはいいことなんだけど、ここまで無計画だと単なる思い付きだって言われちゃうわよ、祐巳さん。
そう言いたかったんだけど、腕を組んで眉を寄せ、うんうん唸っている祐巳さんも可愛らしいので私的には何となくオッケー。

土曜日の午後。
2年生の3人しかいない会議室に、爽やかな初夏の風が吹いてくる。
紅茶と新緑の香りが入り混じった空気が新鮮で。
私たちはのんびりと皆が集まるのを待っていた。
……さっきまでは。

「ねぇ、志摩子さんはどうしたらいいと思う?」
「え、あの……そうね、でも祐巳さんは今のままの方が可愛らしくて好きよ」
ありゃ。
祐巳さん、耳まで真っ赤だよ。
そりゃ志摩子さんの「天使の微笑」をあんな至近距離で喰らったら仕方ないのかも知れないけど。
ていうか祐巳さん、どうして私には聞いてくれないの?
「あ、ありがと。お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞なんかじゃないわ。私は祐巳さんのことがとても好きですもの」
「はう……」
ああ、いかんいかん。
熟れたトマトを通り越して、腐ったトマトになっちゃうよ。
「祐巳さんは、私のことが好き?」
って、そこの腹黒策士!
何気に告白させようとしてるんじゃねぇ!
……っと、いけないわ、口調がおかしくなっちゃった。
「と、とりあえず、言葉遣いから入ってみるのはどう?」
このままじゃ、志摩子さんのペースで気がついたら祐巳さんの所有権が決まってしまいそうだ。
慌てて口を挟む。
「言葉遣い?」
志摩子さんが「ちっ、もう少しだったのに」とか小声で呟いてるけど、空耳に違いない。うん、そうしておこう。
「そうよ。祐巳さんのその間の抜けた話し方がまず、祥子さま化計画の最大の障害じゃないかと思うのよ」
取り敢えず志摩子ワールドから抜け出ただけでよしとしよう。
何だか「マリア様、不届き者に懲罰をお与えください」とか言ってるように聞こえるけど、祐巳さんの耳には入ってないみたいだし、私も聞こえない。
うん、聞こえないったら聞こえない。

「そっかあ。じゃあ……」
そう言って顔を輝かせたのも束の間、何かを喋ろうと口を半開きにしたまま虚空を見つめる祐巳さん。
ああ、もう、そんな間抜けな表情も可愛い過ぎるってば。
「えと。何を話していいのかな」
いきなり口調を変えようと意気込んだら会話がなかった、なんて、また随分と……
この場を江利子さまが見てたら大喜びで話題提供してくれそうなんだけどな。
「そうね。まずはお姉さまも仰ってた『へ?』って言うのを何とかしたらどうかしら?」
さっきまで怪しげな呪具っぽいものを鞄から取り出してごそごそやってた志摩子さんが会話に参加してくる。
あ、でもなんか背中から黒いお札みたいなのが見えてるけど。
「そうか。でも、そういう時ってどう言えばいいんだろう」
祐巳さん、あなた祥子さまのようになるんじゃなかったわけ?
「祥子さまが日頃どう言っているかを思い出せばいいじゃない」
「そういう時って、祥子さまなら『まあ』って言うんじゃないかしら」
祐巳さんが再び唸り出したので、私と志摩子さんで考えてあげる。
「あ、そっか」
「じゃ、言ってみてよ、祐巳さん」
「うん」
大きく息を吸って。
……あんまり気張らない方がいいと思うけど。

「まあ」
「……ダメだわ」
「……ダメね」
「ええ~!」
2人同時のダメ出しに不満の声を上げる。
ぷうっとほっぺたを膨らませているその姿は、さすが山百合会のマスコットに相応しい可愛らしさだけど。
って、志摩子さん、鼻血、鼻血。
「そうねぇ……もうちょっと落ち着いた小さな声でってとこかな」
祥子さまが驚いている場面を想像しながらアドバイスする。
何でこんなこと真面目に言ってるんだろうと、ちょっと頭痛がしたけどやっぱり祐巳さんが可愛いからいいや。
「じゃ、もう一回言ってみるね」


「まあ」
「……あの、祐巳さん。聞こえないのだけれど」
「……極端すぎよ」
「うー……」


「まあ」
「もうちょっと低い声の方がいいんじゃないかしら」
「そうね。もう一回やってみて」
「うん」


「まあ」
「『あ』を少し上げた方がいいと思うのだけれど、由乃さんはどうかしら?」
「そんな感じもするわね」


と、不毛な練習と思っていた割には、私も志摩子さんも何だか夢中になっちゃったけど。
取り敢えず「まあ」を繰り返した結果。

「まあ」
「……完璧だわ!」
「完璧よ、祐巳さん。おめでとう!」
「ほんとっ?」
完璧な祥子さま風「まあ」を会得した祐巳さん。
嬉しそうに、ツインテールも跳ねている。
私たちまで幸せな気分になって、
「早く誰かこないかしらね」
「そうよね、早く祐巳さんの新技を披露したいわ」
と、カモがねぎしょってやってくるのを待っていると、タイミングよくビスケットの扉が開いた。

「あ、あの……ご、ごきげんよう」
そこには、一斉に注がれた2年生3人の視線に怯える白薔薇の蕾。
にやり。
そんな言葉がぴったりな笑みを浮かべて、乃梨子ちゃんに詰め寄る私と志摩子さん。
「え、あの、お姉さま?どうしたんですか、由乃さままで……」
「乃梨子」
「はい?」
「祐巳さんを驚かせてくれないかしら」
「はあ?」
「ほら、いいからやってみてよ」
「え、いえあの、由乃さま。本人が聞いてる後で何をしても驚かれないのでは?」
……それもそうね。
私と志摩子さんは目を合わせる。
なら、と志摩子さんが乃梨子ちゃんに指示を出す。
「あなたの思う時に祐巳さんを驚かして。祐巳さんがこのことを忘れてしまった頃にでも」
「はあ」
何やら納得いかなげな表情だったけど、お姉さまのお願いに勝てるはずもなく。
しぶしぶ、と言った感じで乃梨子ちゃんが頷くと、私たちも満足して席に戻った。


「では、今日はこれくらいにしておきましょうか」
祥子さまが言うと、令ちゃんが早速乃梨子ちゃんにお茶の準備を頼む。
「あ、私も手伝うよ」
祥子さまが復活してから、瞳子ちゃんは薔薇の館に来ていない。
当然、お茶の準備は乃梨子ちゃんが一人でしなければならなくなって。
それを見かねたのか、祐巳さんが手伝いを申し出て2人が流しに向かう。
他のメンバーは机を片付け、思い思いの時間を過ごす。

と、不意に。

「わっ!」

「へ?」

乃梨子ちゃんの叫びに重なった、「へ?」。
驚かすにしても、もうちょっと捻りの利いた驚かし方はないものか。
それに祐巳さん、あんなに練習したのに……
と、祐巳さんの方を眺めると、祐巳さんは呆然としている。
慌てて志摩子さんを見ると、「祐巳さんは何も言ってないわ」と目線で合図。
あれ?じゃあ……

「祥子……意外と間抜けな声を出すんだね」
て、令ちゃん?
もしかして今の「へ?」って、祥子さま??
「な、何よ。いいじゃない」
真っ赤な顔して腰に手をあてふんぞり返られても。
それにしても、祥子さまが「へ?」なんて祐巳さんみたいなこと言うなんて。

「それよりも乃梨子ちゃんでしょう!」
「あ、ああ……一体どうしたの、乃梨子ちゃん」
薔薇さま2人に水を向けられて、びっくりしたのは乃梨子ちゃん。
「あ、いえその……お姉さまと由乃さまが……」
「あら乃梨子。自分の奇行を人のせいにするなんて、私の教育がなってなかったのかしら」
「そ、そんなっ」
わけのわからない祥子さまに令ちゃん。
そして折角の練習がパーになって呆然と佇む祐巳さん。
志摩子さんに必死の抵抗を試みる乃梨子ちゃん。

うーん、面白い。
練習はフイになっちゃったけど。

まあ、祐巳さんが可愛かったから、いいや。




「令、あのにやけた顔、注意しないの?」
「無駄だよ、祥子。由乃ったら最近すっかりお姉さまに似てきちゃって。面白いことがあるとあの表情で楽しむんだ。そういう時は何をどう注意しても聞かないよ」
「……まあ、由乃ちゃんもやっぱり黄薔薇一族ってことね」
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by rille | 2004-08-29 00:48 | まりみてSS
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