薔薇十字軍~プランゾの攻防~(嘘)






それは和やかな昼下がりのひとときだった。
……『だった』はず、だった。

「あら祐巳さん、今日はお弁当なのね」
いつものように用事もないのに薔薇の館に集まった暇人……もとい生徒会たる山百合会のメンバー。
生徒会長である薔薇様の3人とそのつぼみたち3人の6人がそれぞれ食事にしようと席につき、同じつぼみであっても学年が1つ下であるために自然とそうなってしまった習慣で乃梨子がお茶を淹れておこうと流しに立った時だった。

お弁当と購買でパン、というのをだいたい4対6の割合にしている祐巳が鞄から弁当箱を出したところで志摩子が声をかけたのが最初。
「うん、今日は早起きできたから。最近は急ぎの仕事もないしね」
「え?」
ランチョンマット兼用となる包みをほどきながら祐巳が答えたのが次で。
その言葉に反応した全員の声――流しに立っている乃梨子までもが振り返って手を止めていた――が重なったのが最後のきっかけとなった。
「早起きできたからって……祐巳さん、もしかして今日は自分でお弁当作ったの」
「今日は?」
由乃の台詞に、きょとんとした表情で小首をかしげる。
その様子があまりにも愛らしかったのか、令と祥子、それに乃梨子が鼻を押さえつつ上を向いて後ろ頭をとんとんと叩いていたのは特に記すべき内容でもない、単なるいつもの光景だった。
「ふぇえっと、ひゅみひゃん……かふぅっ」
どうやら令は鼻血が詰まってしまったらしい。『ミスター』リリアンだからというわけではなかろうが、祐巳のメテオ・子狸・ヴァニッシャー(命名者不明)で最大の被害を蒙ってしまうのはだいたいこの人だ。
「ゆ、祐巳?あなたもしかして、いつもお弁当を手作りしていたのかしら」
「はい、そうですけど?何か変でしたか、お姉さま」
令の背中を叩いてあげながら答える祐巳に、『こいつ上手くやりやがって。早く祐巳から離れろこのヘタレ野郎が』とか思ったかどうかはわからないが、祥子、志摩子、由乃、乃梨子の動きが止まる。
「でも、さすがに毎日は作れなくって。仕事が忙しくなるとどうしても疲れちゃって、作れる余裕のある時間に起きられないんです」
てへへ、と笑う。
復帰しかけた令がそんなファイナル・子狸・スプライツ(命名者・意味共に不明)の直撃を喰らって轟沈したのをはじめ、残りのメンバーの口からも「かふっ」とか「んくぅ、んっ」とか妙な音が聞こえてくる。
「あんまり上手じゃないので恥ずかしいんですけど」
そんな骨抜きにされた変態、じゃなくて生徒会役員たちの様子も余所に祐巳は恥ずかしげだ。
「で、それがどうかしたの、由乃さん」
今更ながら発問者に問いかけなおすが、彼女らはそれどころではなかった。
「あの、みんな、どうしたの」
呆然としている山百合会の面々に、おずおずと祐巳が尋ねる。
彼女たちが再起動を果たすまでにちょっとの時間が必要だった。
そして、

「ななななな、なんですってぇぇぇぇぇぇぇっ?!」
全員の叫びが薔薇の館に響き渡った。






「迂闊だったわ。祐巳の手作りだと知っていたら小笠原の力で緘口令を敷いた後、独占可能だったのに……」
「祐巳ちゃんの手作り……祐巳ちゃんの手作り……祐巳ちゃんが私に、あ~んて……ぶふぁっ」
「うふふ、もう水臭いわ祐巳さん、私のために自ら作ってくれているだなんて。恥ずかしくて言えなかったのね」
「はい、あなた、今日のお弁当。ありがとう祐巳、でも私はあなたの方を食べてしまいたい……なんちゃってなんちゃってーーーー!」
「さすがは祐巳さま、奥ゆかしいんですね。でも私はいつだって祐巳さまのでしたら胃袋が破裂しようがすべて食べてさしあげます」
微妙に姉妹同士で考えることが似ている気がする。



うららかな昼下がり、会議室に射し込む陽光は穏やかで。
開け放した窓から滑り込んではカーテンを揺らす風も、緑の香りを運んでくる穏やかな時間。
そんな風景にはとっても場違いな妄想を炸裂させる山百合会のメンバー。
祐巳にとっては「なんで今更そんなことを」な内容であっても、彼女たちにとっては重大事であった。

「……さて。令、志摩子、由乃ちゃんに乃梨子ちゃん。ここから先は紅薔薇だけの時間だから、出てって頂けないかしら」
「あはは、面白い冗談だね、何を言ってるのかな祥子は。祐巳ちゃん(の手づくり弁当)は私たち黄薔薇が責任持って……」
「いやですわ令さま。あまりご冗談が過ぎるとマルティムを召喚して別次元……いえ、マリア様もお怒りになりますよ」
「志摩子さんも調子に乗らないで欲しいわね。まさか、祐巳さんの心の友と書いてラ・マンである私を差し置いて好き勝手できると思ってないわよね」
「由乃さま、ちょっと傲慢ではありませんか。あまりひどいとラーヴァナを呼び出して……」
やっぱり姉妹で考えることが似ている。
それはともかく、祐巳の手づくり弁当というこれ以上ない餌を目の前にぶら下げられて黙っているような山百合会ではなかった。






「で、私が呼び出されたわけですか」
夏が近づいた春の陽光うららかな薔薇の館2階にある会議室、そのビスケットの扉を背にして写真部のエース、武嶋蔦子は溜息をついた。
「ええ、お昼休みにごめんなさい。祐巳さんの手づくりのお弁当が誰のものか、口論では決着がつかなかったからここはひとつ、勝敗が明らかになるもので勝負しようということになったの」
これっぽちも済まなくなさそうな口調で志摩子が素敵に事務的な口調で説明をする。
「まあいいけどね。公認で写真取り放題なわけだし。それで、勝負方法は何にするかは決まっているのかしら」
この人たちの傍若無人は今に始まったことではないし、抵抗するだけ無駄だと悟りきっている蔦子は諦め顔で見回した。

「私は私設軍同士の戦闘で勝負をつけようと提案したのだけれど」
「ダメですよ、それ。ていうか小笠原の力というのはそこまでなんですか、憲法すら無視していませんか」
「そうだよね。だから私は料理勝負を提案したのよ」
「それってどう考えても黄薔薇さま有利ですよね。そもそもお弁当を食べたくてやってるのにその前に食べてどうするんですか」
「ええ、そうなのよ。だから私は銀杏殻剥き勝負をしたかったのだけれど」
「どうやって?レンジも炒り器もキッチンバサミもないでしょうが。だいいち、この季節に銀杏なんて成ってないじゃないの」
「でしょ、やっぱり勝負と言ったら真剣で立ち合い、これしかないわよね」
「由乃さん、あなたまだ素人同然でしょ。自分から進んで墓穴掘ってどうするのよ」
「蔦子さまもそう思われますよね。ですから般若心教の写経対決がいいと言ったじゃありませんか」
「ここ、リリアンなんだけど」
全員に対して的確な突っ込みを入れつつ、蔦子は頭痛と眩暈を感じた。
やばい、これ早まったかも知れない。この人たちの暴走っぷりは十分承知してたと思ったんだけどなあ。
そう考えながらも早くここを抜け出したい一心で勝負方法を尋ねる。
「で、結局何になったんですか」
「紅茶対決よ」
「紅茶、ですか」
答えた祥子を向きながら、
「えーと、それはつまり誰が最も美味しい紅茶を淹れられるか、ということだと思っていいんですか」
そのための審査員だろうか。ふむ、と考えて、
「山百合会の皆さんでしたら僅差でしょうね。そんな差が判別できるかどうか自信はありませんが」
「あら、それは大丈夫だと思うわ。その方法ではなくて、全員が利き紅茶をして正解率が高かった人が勝利、という方法だから」
自信なさげな蔦子に志摩子が答える。つまり、
「ああ、淹れた紅茶を並び替えてわからないようにするための第三者、ってことなのね」
「そういうこと。お願いできるわよね、蔦子さん」
蔦子がその任に当たるのはもはや決定事項、とでもいいたげな由乃の言葉に苦笑を返す。
それで蔦子の役割が決定した。



「では左から順番に味見をしてください」
軽く一口ずつを含んで温度などが一定であることを確認した蔦子が、最初の挑戦者である令に開始を伝える。
神妙な顔をして頷くと、指定された通りに左から含んでいく。
「これはごにょごにょがほにゃほにゃだし」
とか何とか小声で聞こえないように確認すると、次の挑戦者である祥子に交代。
最も有利であると思われた祥子だったが、
「……何かしら、これは。なんか変な香りね、令、あなたこれに気がつか」
ばたん。
「ちょ、ちょっと、令っ?」
「黄薔薇さま?」
令を振り向いて尋ねようとした瞬間に倒れた音がする。慌てて駆け寄る祥子と蔦子を見ながら、
「あちゃ。ちょっと効き目が早すぎたわね」
ぼそりと呟く由乃。
その軽い言い方とは裏腹に物騒な響きを感じた蔦子が、青ざめながら恐る恐る振り返って、
「ちょっと由乃さん?あなた一体何を……うっ?!」
令に続きばったりと倒れる蔦子。時を経ずして祥子が優雅にぶっ倒れる。ぶっ倒れる、なのに優雅なのはさすがに真性のお嬢様か。
床に伸びたまま、轢殺直後のヒキガエルみたいにひくひく動く3人を尻目に志摩子がたおやかに微笑んだ。
「あらあら。やっぱり何かしていたのね、由乃さん」
「私の予定では志摩子さんまでをここで倒したかったんだけどね」
「さすがお姉さまですね。ま、私も予想はしていましたが」








「で、私が呼び出されたわけね」
夏が近づいた春の陽光うららかな薔薇の館2階にある会議室、そのビスケットの扉を背にして新聞部のエース、山口真美は溜息をついた。
「ええ、お昼休みにごめんなさい。祐巳さんの手づくりのお弁当が誰のものか、口論では決着がつかなかったからここはひとつ、勝敗が明らかになるもので勝負しようということになったの」
これっぽちも済まなくなさそうな口調で志摩子が素敵に事務的な口調で説明をする。
「まあいいけどね。この勝負を記事にしていいってことだし。それで、勝負方法は何にするかは決まっているのかしら」
この人たちの傍若無人は今に始まったことではないし、抵抗するだけ無駄だと悟りきっている真美は諦め顔で見回した。
「ところで」
「なにかしら、真美さん」
にっこりと微笑む由乃に絶大な違和感を覚えて、いやそれ以前に
「この転がってる死体というか紅薔薇さまと黄薔薇さまと蔦子さんはいったい?」
嫌な予感がバリバリする。いやもうバリバリバリする。バリ3である。古いけど。
「それは気にしない方がいいと思うわ」
「え、でも」
「気にしない方がいいと思うわ」
「いや、あの」
「気にしない方が身のためだと思うわ」
「何も見えません、死屍累々で阿鼻叫喚な地獄絵図なんて存在しません」
ほんとうの恐怖ってこんなことを言うんだろうなあ、なんて思う余裕すらなかった。そういえば去年、お姉さまが『白薔薇のつぼみにだけは気をつけろ』と言っていたけれど、それを実感した。
「申し訳ございません、真美さま。お姉さまが奪命、いえ失礼なことを」
うわあ、ほんとに*すつもりだったんだ。冷や汗を感じながら真美は「白薔薇のつぼみも大概よね」と思った。なんかこの姉妹は危ない、そんな気がする。
「そ、それでどんな方法で勝負するの」
とにかくさっさと済ませてこの場を去った方がいい。お姉さまじゃあるまいし、記事のために命をかけるなんてごめんだ。
「召喚よ」
「は?」
「召喚」
「えーと、由乃さん?どうにも私の耳が突発性難聴になったみたいなんだけど」
真美の理性が現実を受け入れることを拒否した。
が、事実は冷酷だった。
「だから、召喚勝負するのよ。何でもいいから召喚して、自分達の代理として戦わせる、と」
「……あの、それに私が立ち会う必要がっどこにあるのか、できれば懇切丁寧に現実的な内容でもって私にもわかるようにご説明を願いたいと私の保護回路が強く訴えかけているのですけれど」
何だか日本語がおかしい気がするけれど、いったい誰が真美を責められようか。
だいたい召喚って何なのよ。ここは200*年の日本であってアセリア暦4202年じゃないんだけど。
愕然としている真美に、乃梨子が近づいてぽん、と肩に手をおく。後輩が先輩にする行為としては無礼かもしれないけれど、なにやら怪しい儀式を始めた志摩子の周囲にどす黒いオーラが漂っていたり変な法具っぽいものを取り出した由乃が風を巻き起こしていたりする光景が繰り広げられている会議室の有様を見ている今の真美には、そのことをたしなめる余裕などなかった。
「真美さま、人生諦めが肝要かと思います」
「ちょ、おま、いやああああああああああああっ!なんで私がぁぁぁぁぁぁ!」
アッーーー!とか何とか悲鳴をあげながら真美の意識は闇に包まれていった。








「で、私が呼び出されたわけね」
夏が近づいた春の陽光うららかな薔薇の館2階にある以下略で、桂さんは溜息をついた。
「ええ、以下略なの」
これっぽちも済まなくなさそうな口調で志摩子が以下略。

「ってちょっと!なんか私だけ扱いが酷くない?」
だいたいが苗字なんだか名前なんだかわからない状態で、しかも最近では出番すらないというのは悲しすぎる。あまつさえコミックでは姿も見せない状態だし。
「端的に説明しますと、さすがに召喚術では由乃さまもお姉さまには敵わなかったということです」
「あら乃梨子、あなただって凄かったわ。まさかヒラニヤークシャを召喚するなんて思ってもみなかったもの」
「いえ、さすがにお姉さまのフォルカロルには負けます。大公爵を召喚するなんて、焦りました」
「うふふふ。さっきので乃梨子も地獄に送ってあげようと思っていたから残念だったのだけれど。やっぱり序列42番では足りなかったかしら」
「奇遇ですねお姉さま。私も私もさっきので永久に祐巳さまに触れることも叶わない奈落へ突き落としてやろうかと思っていたんですよ」
「あらまあ、うふふふふふ。次こそは、こけし……失礼、クソ生意気な面を二度と私の祐巳さんに見せないようにしてあげるわね」
「いえいえ、それには及びませんよ志摩子さん。そっちこそ、安っぽいセルロイド製フランス人形のようなお姿を、直視できないくらいにしてさしあげます」

もはや何が何だかわからない超会話が目の前で展開されている。
なんだろうこの展開。ていうか私ってば単なる巻き込まれキャラ決定?
目の前で繰り広げられる、姉妹のというにはあまりにもアレな光景に愕然としながらも何とか助かる道を探して視線をさまよわせる。
どうして祐巳さんのお弁当を食べたいこの人たちのために私がこんな目に会わきゃならないのよ、とそもそも1年の時におかずを交換したりして祐巳の手づくりを食べた経験のある桂はあまりの理不尽さに目がくらみそうになった。

「……あ」
求めよ、さらば与えられん。そんな言葉が彼女の脳裏に浮かんだのかどうか、とにかくこの場を何とかできそうなものを見つけて声をかけようとしたが、そんな彼女に気がついた向こうが先に言葉を発した。
「あ、えーと……ほら、ね、久しぶり!」
「ておいっ!名前忘れたのかよっ!」
思わず突っ込む。
「やだなあ、冗談なのに。それでどうしたの、桂さん」
「いや見ての通りなんだけど」
「んー……まあそれはそれとして。桂さん、お昼は?」
「食べてきたわ。祐巳さんは」
「私もあとはデザートだけ」
「あの。えーと、そのお弁当がこの混乱の元に、ってまあいいや」
頭痛を覚えた。
にこにこしながらあっけらかんと祐巳は言い放つが、桂の言う通り、既にデザートを残して空になってしまっているちっこいお弁当箱の中身がこの惨状を引き起こしていたのだが。
でも、あの異次元の争いに巻き込まれてしまうよりはマシだ。あそこにお美しく転がってる紅薔薇さまや、女々しく倒れている黄薔薇さま、その他諸々のお仲間になるのは勘弁して欲しいし。
「並薔薇さま、それでしたら食後のお茶はいかがですか」
「さり気なくいじめよね、それ。もういいけど。ありがとう、いただくわ紅薔薇のつぼみの妹」
背後で何かが始まったらしい。
どたんばたんと暴れる音とか、なんかこう、怪光線が出てるっぽい音がするけどできるだけ気にしないようにする。
振り向いたら負けだと思う。
だから目の前の、砂を噛むような光景だって耐えられる。

「はい笙子、デザートだよ。今日はね、ちゃんとウサギになったんだ」
「さすがですわお姉さま。では頂きま」
「はい、あ~ん」
「お、お姉さま……(ぽ)あ、あ~ん……」
ぽ、じゃねぇよ。
思わず淑女らしからぬ言葉遣いになってしまうが、これはもう仕方ない。
「おいしい?」
「はい、とっても。お姉さまの愛情を感じます」
「やだもう笙子ったら。恥ずかしいじゃない、並薔薇さまもいるのに」
そう、もう私は祐巳さんの中でも並薔薇さまでデフォルトなのね。
心で泣いて顔でも泣いて。
でも決して振り返らない。前だけを向いていよう。
「じゃあ、お姉さまも……あ~ん」
「あ~ん」
うん、目の前の光景がどんなに苛つくものでも我慢しよう。



どっと押し寄せてくる疲れを感じて桂は窓の外へ視線を移す。
うららかな昼下がり、会議室に射し込む陽光は穏やかで。
開け放した窓から滑り込んではカーテンを揺らす風も、緑の香りを運んでくる穏やかな時間。
木々の向こうに広がる青空はきれいに澄み渡り、背後の喧騒をひとときでも忘れさせてくれる。
そうだ、今度は2人で、ランチバスケットを持ってこよう。誰と?

そして彼女は溜息混じりに呟く。

「きれいだわ……空」
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by rille | 2008-05-17 22:04 | まりみてSS
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