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そこはかとなくマリア様がみてる。 marimite.exblog.jp

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まりみてSS現在36本。紅薔薇属性……っていうか、祐笙推奨ブログ(笑


by rille
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オレンジ


そうだ、きっと夕焼けのせいだ。







「では、今日はここまでにしましょうか」
ほとんどの日が紅薔薇さまの言葉で打ち切りとなる。
それをきっかけにして1年生が後片付けを始め、薔薇さまや紅薔薇のつぼみ、黄薔薇のつぼみは帰り支度をする。
最初に帰宅するのは、黄薔薇姉妹。
「じゃあ、私たちはお先に」
「ごきげんよう」
由乃さまに妹がいないので、誰かを待つ必要がなく残ったメンバーの「ごきげんよう」を背にビスケットの扉――これは私のお姉さまが命名したものであって、別に正式名称ではないのだけれど――を潜って帰って行く。
次に立ち上がるのは紅薔薇さま。
気を遣って下さっているのかそれともほんとうにお忙しいのか、それはわからないけれどお姉さまと一緒に帰ると決めている木曜日以外は私たちを待つことはない。
「私もお先に失礼するわね。祐巳、笙子ちゃん、また明日」
「ごきげんよう、お姉さま」
「ごきげんよう、紅薔薇さま」
立ち上がり、鞄を持ってノブに手をかける仕草すら優雅に見せてしまう紅薔薇さまは、黒髪を輝かせながらごきげんようの声を残して去っていく。
この頃には洗物も終わって、白薔薇さまと乃梨子さんが、
「では私たちもこれで。ごきげんよう祐巳さま、笙子さん」
「ごめんなさい、戸締りを宜しくね」
西洋人形と日本人形。
或いは、どこか幻想を感じさせる白薔薇さまと徹底したリアリストの乃梨子さん、この2人が全く異なる雰囲気で、けれど2人一緒にいることがとても自然に思えてしまう不思議な空間を作りながら去ると、静かな部屋に私たちだけが残される。

私とお姉さまは、こうしていつも、ほんの少しの時間を会議室で過ごす。
窓際の席に座って外を眺めるお姉さまの隣に腰掛けて、そのまま声をかけずに視線を同じ方向へ流す。
秋の陽は短く、もう窓の外は茜色に染まりかかっていた。
紅葉にはまだ早いが、木々は緑の中に紅く点を描いて今年の秋の足音がもうじきであることを教えてくれる。
薄いカーテンを揺らす風がお姉さまの髪を微かに揺らし、私は視線を外からお姉さまの横顔に移した。

「秋も深くなっていくんだね」
ぽつり、と呟くように発した言葉が窓から射し込み始めた西陽に溶ける。
「お姉さまは秋は嫌いですか」
何となく言葉に寂寥感が混ざっているように思えて、少し意外に感じながら私はそのままを口にした。
春の陽射しのようにみんなを明るく暖かい気持ちにさせるお姉さまは、けれどこうして私と2人だけの時はちょっとだけ寂しげで。
それは寂寞としたものではなく、息吹の始まりを感じさせる春があるのならばその終りを予感させる秋もあるのだということを知っている、始まりに含まれる終りを常に身近に置いているようなそんな淋しさを考えているように見える。
だから私は初めてお姉さまを意識した……マリア祭の時からずっと、お姉さまには秋が似合うと、そう思っていた。
そんな私の質問に、お姉さまは視線を外から外さずに、
「ん……好きだよ。どうして?」
「いえ、ただ何となくそう感じたので」
「そうかな」
「そうです」
「うん……」
曖昧に言葉を濁すと、再び静寂が訪れる。

私はこんな時間が嫌いじゃなかった。
お姉さまも私も、ほんの少しの会話しかなくて。
ただ風が髪を撫ぜる音と、静かに揺らめく陽射しと、思い出したように落ちる葉だけで満ちた静寂。
沈黙が痛くない。
こうして2人で過ごしているだけで、沈黙はとても優しい。

お姉さまを春に例える人たちは――結局のところ大半の生徒がそうなのだが――きっと、すべての始まりである時間、それが紅薔薇のつぼみと過ごす『残り』の時間を感じさせないことを望んでいるからなのだろう、と思う。
「なぜか」、そんな理由を追求することは不毛であることだけは確かなことだが、山百合会の中でも紅薔薇のつぼみの人気は群を抜いていて、最初の頃は妹という立場さえ不安定に感じて私は揺らいでいたものだった。
そんなお姉さまと一緒に過ごせる時間を、『これから』と感じるか『もう少し』と感じるかの違いは、これは人との関係では須らくそうなのだろうけれどとても大きいものだろう。
その人の季節のイメージを固定することで淋しさから逃れられるのであるのならば、私だってそうしたい。
けれど、私は紅薔薇のつぼみの妹だから。
いつでも前を向いていて、私を包み込んでくれるお姉さまの妹だから。
歩いてきた足跡を振り向いてばかりではいけない、そう思う。
過去も未来も、すべてを含んだ現在こそが愛しいと、苦悩や懊悩を包み込んで乗り越えて、そうして歩いてきた道のりのすべてを内含した時間がこの体の中に流れているのだと、そう考えられるようになりたい。
お姉さまのように。

「ね、笙子」
陽射しはだいぶ傾いて、お姉さまの横顔を照らしている。
会議が終わってからそれほどの時間は経っていないけれど、私には短くも長くも感じられない時間だった。
それは時間を無視しているのではなくて、こうして過ごす一秒一瞬を流れではなくて積み重なりとして捉えようとしているからなのかも知れない。
「はい、お姉さま」
私の返事に、お姉さまはあれから初めて視線を私に向けた。
「私ね、秋は好きだよ」
さきほどと同じ言葉の繰り返し。
けれど私は素直に頷いた。
同じ繰り返しなんて存在しないから。
私にはお姉さまの言葉も何もかもが、新しいものだから。
「笙子は秋が嫌いなの?」
「え?」
突然の質問に、思わず気の抜けた声で返してしまった。
さっきまでの会話で、そんなことを話しただろうか。
それとも、ただ私の質問に対して純粋にお姉さまも知りたいと思っただけなのだろうか。
答えはあるけれど、ついお姉さまの意図を考えてしまって返事が遅れた。
けれどもお姉さまはそんなことを気にする風でもなく、
「永遠なんてあり得ないけれど、でもだからこそ、移り変わる季節がきれいだと感じられるよね」
「……それは、季節すべてが好きだってことですか」
「うん。全部の季節が好きだけど、私は特に秋が好きだよ。少し寂しく感じることもあるけれど……今までの時間とこれからの時間が交差する、そんな気持ちになれるから」
さあっ、と風が吹いた。
カーテンが部屋の中ほどまで満ちてきた茜色をかき混ぜる。
さっきまでの会議の時間と、こうして2人きりで過ごす時間がくるくると回って溶け合う。
「だからね」
ふ、と笑うと、
「笙子と過ごさなかった、笙子が過ごしてきた時間と私が過ごしてきた時間。これから2人で一緒に過ごしていく時間。私の中で時間が一緒になって、ああ、これからなんだな、って思うの」
「お姉さま……」
夕陽の中で微笑むお姉さまを見つめながら、ああ、やっぱりこの人だ、と私は思った。
私をこんなにも嬉しく穏やかな気持ちにしてくれる、この人が私のお姉さまなんだ、と。
そして私もお姉さまにそんな気持ちになって欲しいと。
リリアンに姉妹制度があるのは、だからなのかも知れない、そう思う。
与えるだけでなく、与えられるだけでなく。
出会うまでの時間をすべてお互いの中に取り込んで。
これからの時間を共有して、一緒に生きて行く。

秋の夕暮れが窓辺から近づいてくる。
風に香りが乗っている。
大きく吸い込んで、私は今できる精一杯の笑顔をお姉さまに向ける。

「はい、お姉さま。私も、秋が大好きです」







「それからね」
「はい?」
「笙子の顔が夕陽に染まるのが、とてもきれいで見とれてしまうから」
「な、なっ……?!」
「あ、紅くなった。ほんとに可愛いね、笙子は」
「あ……紅くなってなんかいませんっ!これは、そう、これは夕陽のせいですっ」
「笙子にはオレンジがとっても似合うね」
「もう、お姉さまっ」
by rille | 2005-10-16 13:02 | まりみてSS