きんじて。




へろへろとした足取りで中庭を横切っていく祐巳さまを見かけたのは、秋も深まった土曜日の放課後。
お昼でも抜かしたのかな、と心配しながらも祐巳さまが一人でいるという滅多にないチャンスに心が躍ったのはまあ、仕方ないことだと思う。
紅薔薇さまとは縁戚だという松平瞳子さんや、その凄まじいまでの行動力で犯罪すれすれになりながらも祐巳さまのお近くに侍ることに成功した細川可南子さんと違い、私には悲しいほど接点がないのだから。

だから私は意を決して足を踏み出した。
足元で落ち葉がさくさくと鳴る音に気づかれることもなく、祐巳さまは一本の大きな公孫樹にもたれかかっている。
その憂いを帯びた表情によだr……いえ、きゅんとなってしまった私は、舞い上がってしまったに違いない。
普段なら掛ける言葉を見つけてから挨拶をするのだけれど、何も考えずに声をかけてしまった。

「祐巳さま」
落ち葉の音が止み、私が目の前に立つまで祐巳さまは気がつかれなかった。
顔を上げて私を見上げるその視線に、再び私は胸を撃ち抜かれた。
ああ、これがハートブレイクショットなのね、と訳のわからないことを胸中にしまい込みながら、潤んだ瞳で見上げる祐巳さまに、
「どうなさったのですか、お元気がないようですが……」
「あ、笙子ちゃん。ごきげんよう……」
いつもなら元気に揺れるツインテールも、しょんぼりと項垂れている。
このまま抱きしめてしまいたいたかったが、これほどまでに力ない様子にさすがに思いとどまって、
「あの……何かあったのですか?」
「あ、うん……何かね、みんなに避けられてるみたいなの」
「え?山百合会の皆様に、ですか?」
私は驚いた。
絶対にあり得ないことだったから。
今の山百合会は……いや、蔦子さまに伺った話によれば祐巳さまが加わってからの山百合会は、祐巳さまを中心に動いており、それはつまりリリアンの方向性は祐巳さまによって定められていると言っても過言ではなかったらしい。
それは今の山百合会でも同じことで、あの方たちの溺愛ぶりは、もはや溺愛とすら呼べないほどのものとなっている。
何と言えばいいか……そう、祐巳さまは山百合会メンバーにとって人生そのもの、みたいな。

そんな山百合会の人たちが、祐巳さまを避けるなんてこと、それこそ頭が腹痛になるってくらいあり得ないと思った。
けれど目の前の祐巳さまは、リリアンの生徒が見たら卒倒してしまいそうなほどに可憐で弱々しいお姿であり、何かしらの事態があったことは確かなようだ。
まずは整理してみよう。
そう思って私は今日の山百合会の皆様の様子を思い浮かべた。



朝。

いつものように、一体何事が起こったのかと思われるほどの人数を引き連れた祐巳さまが正門に到着なさって。
たまたま(ほんとうにたまたまだ。別に、この間タイを直して……いや、あれを直すと言っていいのかどうかわからないけれど……もらったことに味を占めて、祐巳さまのバスの時間に合わせてマリア様の前に着くように時間調整しているということは、断じてない)お祈りをしていた私のタイを直してくださって。

……もう、ちょうちょ結びは慣れたからいいんだけど。

それからこれも以前のように玄関まで楽しい至福の時間を過ごした。
この時はいつもの祐巳さまだったし、その後、紅薔薇さまに廊下に呼び出され、休み時間の間ずっと無言で睨みを利かされたし、移動教室でたまたますれ違った黄薔薇さまに羨ましそうに胸元を見られたことからして、山百合会の皆様もこの時点まではいつも通りだったはずだ。
ちょうちょ結びのタイを指摘するでもなく涎を垂らす寸前だった先生方にも、変わりはなかったと思う。



昼。

姉(実の姉の方だ。というより、私に姉妹制度での姉はいないが)の当番だったのに、珍しく寝坊したらしく、結局お弁当を持ってこられなかった私は、友人たちと連れ立ってミルクホールへ足を運んだ。
イチゴミルクを買いにいらしていた祐巳さまを見たのは、その時で。
1年生にはちょっときつい人混みを、臆することなく掻き分けて、いやちぎっては投げちぎっては投げる彼女たちの姿を見たのも。
松平瞳子さんを後ろに、細川可南子さんを前にして挟まれ、あの人混みの中をまるで障害物など存在しないかのごとく歩かれる祐巳さま。
時折、後ろに続く累々たる屍を見ては、前後の2人に声をかけ、その度に「祐巳さまは黙って歩いてください」だの「不埒な輩の排除は私にお任せを」とか言われて申し訳なさそうな顔をしていたけれど。
でも、大体がミルクホールに散乱する夥しい死体の原因は、祐巳さまに「ごめんね」とつぶらな瞳で見上げられて出血多量で倒れたものや、前後の2人の隙を見て祐巳さまに触れることに成功した人が喜びのあまり失神しているだけなのだから、別に祐巳さまが悪いわけではないのだが。

ともあれ、ここでもあの2人の様子から、変わったことはなかったと結論付けられるだろう。



放課後。

今日3度目に祐巳さまを見かけたのは、放課後、薔薇の館へ向かう前のお姿だった。
同じ2年松組の黄薔薇の蕾、島津由乃さまと手を繋いで薔薇の館へ向かわれていた。
どちらかと言うと、由乃さまが強引に引っ張っているという感じではあったけど。
抱きついては真っ赤になってじたばたする祐巳さまに更に興奮し、それでいて目は常に邪魔者を排除しようと冷静に周囲を見渡しているのだから感心する他はない。
ただ、その分進みはゆっくりで、一体いつになったらあのお2人は薔薇の館に到着するのだろうと、他人事ながら心配してしまったけれど。
まあ、ともあれこれで放課後も特に問題はなかったと言える。



すると。
ここまで出てこなかった白薔薇姉妹、この辺りが一番怪しいのではないだろうか。
いや、考えるまでもなくあのお2人が原因であることは間違いないような気がする。

祐巳さまたちが薔薇の館に入ったのは、どんなにゆっくりでも私が見てから30分は経っていないだろう。
私の方はと言えば、あれから蔦子さまと立ち話をしたりして。
少し話しこんでしまったから時間が経ったけれど、蔦子さまと話していた時間は凡そ30分。
この30分の間に、薔薇の館で白薔薇姉妹主導による「何か」があったに違いない。

「祐巳さま、元気を出してください」
「笙子ちゃん……うん、ありがとう」

はうっ!!

……ああもう……だからその上目遣いでうるうるは販促、じゃなかった、反則ですってば。
ん?
ああ、祐巳さまの魅力販売促進って意味では販促でもいいような気がするけど。
って、今はそれどころじゃなくて。
「笙子ちゃんだけだよ、私に優しくしてくれるの」
ああ、祐巳さま、あなたはあれだけ皆に愛されながら気づいてないのですか。
……や、そんなわけないか。
それほど弱ってしまっているってことなのだろう、愛らしい瞳に美しい宝石のような涙を浮かべて、私を見上げるその表情は……表情は……

ああ、もう限界っ!!

「しょ、笙子ちゃんっ?」
思わずぎゅっと抱きしめてしまった私の耳に、驚いた祐巳さまの声と、それに合わせて暖かな吐息がかかる。
うっわー、何て抱き心地なんだろう、それに吐息が……
私はもう、失神寸前だったが、辛うじて言葉を紡ぐ。
「祐巳さま、誰が祐巳さまを苦しめようが、笙子はいつでも祐巳さまのお傍にいます。私は決して祐巳さまを離しませんから……」
胸がパンクしそうだ。
もう、自分でも何言ってるんだか、わからない。
ちょっと、この抱き心地は何なのっ?

「うん……ありがと、笙子ちゃん」
そう言って私の背中に両手を回した祐巳さま。
その腕に力が入った途端、私の意識は途切れた。





「……ん……」
「あ、気がついた」
「え、私……蔦子さま?」
うっすらと視界が開けてきて。
靄が晴れたと思ったら、そこには蔦子さまのお顔があった。
「大丈夫?」
「ええ、一体何がどうなっているのか……」
何だか体が重い。
というか、この頭に響く鈍痛は何かしら。
さっきまで祐巳さまとの甘美な夢を見ていた気がするのだけれど……
もしかして、あまりの嬉しさと恍惚に気を失ってしまったとか?。
「夢……だったんでしょうか……」
私の独り言に蔦子さまはあっさりと返してくれた。
「夢じゃないわよ。祐巳さんを抱きしめてたのも本当、で、至福を噛み締めているあなたの背後からこっそりと忍び寄った影があなたを殴り倒し祐巳さんを強奪していったのもね」
「え?」
混乱する私を他所に、蔦子さまはにんまりと笑うと、
「どうだった?祐巳さんの抱き心地は」
「はい、それはもう天にも昇る気分で……て、それより蔦子さま!」
「はい?」
「わ、私を殴り倒したっていうのは……」
「あー、それね」
苦笑しながら蔦子さまは私が気を失った経緯を、というほどのものでもないけれど、語ってくれた。

「いつものように望遠で被写体を探していたのよ」
あの……いつもの、ことなんですか?
そう突っ込みたくなるのを辛うじて抑え、黙って私は耳を傾ける。
「そしたら何と、私の祐巳さ……いえいえ、祐巳さんを抱きしめてる大胆な子がいるじゃない。このリリアンでそれをできるのは前白薔薇さまか祥子さまだけかと思っていたけど。これは後で懲らしめて……じゃなくて、折角のシャッターチャンスだからこの不埒な輩をしっかりと収めておいてやろうと夢中でシャッターを切ったわけ。そしたら不意にレンズを横切る黒い影が」
そこで一息つくと、蔦子さまは再び苦笑を浮かべる。
ところどころで、恐ろしい言葉を聞いたような気もするけれど、とにかく今は私を殴り倒した犯人が先。
「それで、どうしたんですか」
一瞬のシャッターチャンスを逃さない蔦子さまのこと。
きっとその犯人も明瞭な姿で収めているだろうと期待して身を乗り出す。
「いやー、それがさ。その人物が横切った途端にカメラの調子がおかしくなっちゃって。写真には撮れなかったのよ」
「そうですか……」
あからさまにがっかりした様子の私に、けれど蔦子さまは意外な言葉をかけた。
「でも、犯人はわかってるわよ」
「えっ?」
「あなたも薄々は気づいているでしょう?今日一日、なにやら暗躍していそうだった人たちが誰と誰なのか」
考えるまでもなかった。
さっきまでのことが夢じゃなかったとしたら、祐巳さまの様子がおかしくなった原因は、姿を見せなかったあの2人にあるに違いない。
そしてあの2人が……というか、現在のリリアン学園の生徒が暗躍と策謀を巡らす理由なんて祐巳さま以外にないのだから、思わず祐巳さまを抱きしめてしまった私を殴り倒したのも当然……

「じゃあ、行きましょうか」
「はい?どこへですか?」
「犯人のところ、ていうよりも、犯人の片割れの死体を回収してあげないとね。さすがにそのままじゃあ気の毒だし」
肩を竦めて微苦笑する蔦子さまが先に立って歩き始める。
何のことだかわからなかったけれど、とりあえず後を着いていった私は、その意味を程なく知ることになった。

「乃梨子さん?」
薔薇の館から離れ、温室へ向かう途中の木立の中に、それはあった。
まるで後ろから殴られたような格好で……ていうより、明らかに不意打ちをくらったんだろうけど。
ばったりと地面に口付けしている無残な白薔薇の蕾。
「ね?普段は仲睦まじい白薔薇姉妹も、祐巳さんが絡んだらこうなるに決まってるじゃない」
蔦子さまのすべてを見通したようなお言葉に、私はもう溜息しか出なかった。
近づいて見ると、「志摩子さん……覚悟」とか「祐巳さま、安心してください……」とか、まだ夢の中で戦っているようだ。
あっぱれ、白薔薇の蕾。
でも戦闘能力よりも狡猾さと卑怯さで姉に敵わなかったわけね。
蔦子さまはひざまづいて乃梨子さんの温度を確かめるかのように手を当てると、きりっとしたお顔で、
「まだ温かい……犯人はそう遠くへは行ってないわね」
いや、生きてるんですから温かいに決まってますが。





「志摩子さん……」
「大丈夫よ祐巳さん。私はいつでもあなたの傍にいるわ」
あたかも天使のような微笑で、傷ついた子狸を慰める堕天使。

あらまあほんとに……皆さん、ちょろいのね。

心の中はこんなもの。
まあ、祐巳が絡むとどいつもこいつもこんなもの、なのだけれど。



『祐巳断ち?』
『ええ、そうですわ、祥子さま』
『ちょっと待って志摩子。今日の議題は、誰が今週末に祐巳ちゃんとデートできるかということであって。何でそれが祐巳ちゃんを断たなきゃならなくなるの?』
祐巳が由乃に絡まれている頃。
薔薇の館では極秘でも何でもない会議が既に開催されていた。
というか、山百合会は一体毎日何を会議しているのだろうか。
『祐巳さまとデートをする、私たちにとってはとても嬉しいことですけれど、祐巳さま自身にとってはどうなんでしょうか』
『どういうことですの、乃梨子さん?』
『それはつまり、あなたとデートなんてことになったらドリルで傷つけられてしまう祐巳さまがお気の毒、ってことでしょ』
『何ですって?!』
『落ち着きなさい、瞳子ちゃん。で、志摩子?もっと具体的にわかりやすくお願い』
『はい。私たちの気持ちを押し付けるだけでなく、もっと祐巳さんのおかもち……じゃなくてお気持ちを考慮した方が良いかと思うんです』
そういうい小ネタを忘れない辺り、さすがは2年生にして薔薇さまの称号を持つだけはある。
一同をゆっくりと見渡した志摩子に、黄薔薇さまが発言する。
『つまり、祐巳ちゃんを禁じるってのは、祐巳ちゃんにとって最も大切な人が誰かを計るためなわけね』
『え?え?何のことですか?』
『あら、やはり頭がドリルだと脳まで金属製でしかも錆付いてるようですね』
『煩いわよっ犯罪者!』
『落ち着きなさいって。要は祐巳断ちというのは祐巳を相手にしてはいけない、と。そのことによって祐巳に最もダメージを与えられた人間が、祐巳にとって最も大切な人間である、ということね、志摩子』
『ええ、そうですわ、祥子さま』
ほぼ勝利を手中に収めたかのような笑みを隠す志摩子の後を引き取って、乃梨子が補足する。
『直接的に祐巳さまに聞いても答えは得られませんし、祐巳さまを喜ばせるという方法で計っても、ああいうお方ですから誰に何をされても等しく喜んでくれます』
『そういう子だもの。ああ、ほんとにいい子ね、私の祐巳は』
『そうね、さすがは私の祐巳ちゃんね』
『ちょっと黄薔薇さま!いつ祐巳さまがあなたのものに……』
『あなたのものでもないですわよ、可南子さん』
『もちろん、瞳子ちゃんのでもないわよ。改めて言っておくけれど、祐巳は私のもの。だからそんな計測は必要ないわ』
祥子が腰に手を当てて睨みを利かし、辺りを睥睨しながら言い放ってもそこは山百合会。
大人しく引き下がるようなら祐巳の日常はもっと平穏であったはずだ。
『そうですわね、必要ないでしょう。選ばれるのは私ですから』
『……志摩子、どうしても私に喧嘩を売りたいわけね』
『そんなことありませんわ。ただ、最初から勝負をお投げになっている祥子さまでは、相手にとって不足かと……』
それを聞いた祥子の目が怒りに燃えるのを見て、志摩子は勝利を確信した。
『いいわ!それほど言うのなら乗ってあげようじゃない』





結局、その後やってきた由乃に令がこっそり耳打ちして。
かくて哀れな子狸は何も罪もないのに山百合会の皆さんの冷たい仕打ちにショックを受けてしまった、というわけで。
白薔薇姉妹は、
『志摩子さん、ほんとに大丈夫?』
『大丈夫よ、祐巳さんは10分も持たずに薔薇の館から走り去るでしょう。その後は恐らく醜い責任の擦り付け合い。私たちは抜け出して祐巳さんを慰め……』
『なし崩しに週末デートの約束を取り付ける、と』
『ああ、ショックを受ける祐巳さんが目に浮かぶわ。可愛そうな祐巳さん……』
そう仕向けてんのはあんただろ、という突っ込みは心の中にしておく乃梨子だった。






「なーるほどね。山百合会の幹部の方々に祐巳さんを禁じて、最終的に出し抜こうってことか」
意識を取り戻した乃梨子さんから(脅して)事情を聞きだした蔦子さまが、納得したように呟く。
それにしても、乃梨子さんがあそこまで脅える写真というのは、どんなものなのかしら?

「あ、あのそれより蔦子さま、早く行かないと祐巳さまの貞操が志摩子さんに……ああ、まずい、急がないとっ!」
乃梨子さん、御自分のお姉さまに対してまたえらい言い様ですね……。
でも確かに、蔦子さまがどうしてこんなにのんびりしているのか、が不思議。
「乃梨子さんの仰るとおり、急がないといけないのでは?蔦子さま」
「え?ああ、大丈夫よ、祐巳さんなら。まあ、のんびり行きましょう」
そう言いながら、再び先に立ち、仰った通りにのんびりとした足運びで温室へ向かう蔦子さまを、慌てて私と乃梨子さんが追いかける。
「蔦子さま?確信がおありなんですね」
私の問いに、蔦子さまは笑ったまま。
「何かあるんですか?教えてください」
乃梨子さんも並んで蔦子さまにせがむ。
苦笑した蔦子さまは私に視線を向けて、
「さっき、笙子ちゃんに対してやったのは防御レベルBなのよ」
「はい?」
何のことだろう?
乃梨子さんを見ると、彼女も疑問符を顔中に貼り付かせたままこちらを見た。
2人で目を合わせていると、
「防御レベルAが発動すると、あんなもんじゃ済まないわよ。紅薔薇さま……ああ、前の紅薔薇さまね、その方がそのあまりの破壊力を怖れて封印したものだから」
「はあ」
「封印すると同時に、それが祐巳さんの身を守ることにも使えることがわかっていたから、祐巳さんに、『奥の手として使いなさい。但し、無闇に発動してはダメよ、へたに発動すればリリアンは屍で埋まるわ』って諭したのよ」

もはや何のことだかさっぱり。
発動?レベル?奥の手?屍?
疑問符しか浮かばない私たちを他所に、蔦子さまの説明は続く。
「Bはね、パートナーがいて初めて自分を守れる技なの。ま、今回に限ってはパートナーじゃなくて、たまたま居合わせた白薔薇姉妹だったけどね」
……何となくわかってきたような気がする。
「発動の余波を食らったら私たちもただじゃ済まないわ。だからゆっくり行かなきゃいけないの。去年の、第二次紅薔薇十字軍の時は、そりゃもう凄かったのよ。群がる生徒に教師、果てはシスターまでをばったばったと薙ぎ倒して行く紅薔薇姉妹。先代紅薔薇さまと当時の紅薔薇の蕾、蓉子さまと祥子さまに守られた祐巳さんに、遂に3年菊組のお姉さま方が辿り着いて……」
いえあの、蔦子さま?
第二次ってことは第一次もあったのですか?
それ以前に、十字軍って……あ、もしかしてお姉ちゃんが担架で運ばれた帰ってきた日のことかな……。
確かに、魘されてる割にはにやけていたし。
へぇ……お姉ちゃんでもやっぱり祐巳さまには敵わなかったんだ。
「……で、1年桃組戦役では紅薔薇一家だけでなく、初めて山百合会の全薔薇ファミリーが団結して……」
蔦子さま、もういいです。
何となくわかりましたから。
ていうか、リリアンにそんな歴史があったとは知りませんでした。
瞳子さんなら知ってるのかしら?

「そ、それで、レベルAとはどのようなものなんですか?」
乃梨子さんが聞くと、蔦子さまは遠い目をされる。
ああ、逝っちゃわないで。
戻ってきて説明をしてください、蔦子さま。

「涙で濡れた笑顔で健気に、そして儚げに笑う」

……うわ。
それは凶悪だわ。
想像しただけでもう……

「2人とも想像しちゃだめよっ!」

「「……はっ!!」」
い、いけないわ……どうやら2人して想像しちゃったみたい。
蔦子さまの一喝で現世に戻れたけれど、至近距離で直接やられたら、これは生存の望みはなさそう。
レベルBなら理性が吹き飛んで本能の赴くまま抱きしめる、ってだけなんだけど、これはちょっときついかも。
理性どころじゃないわね。

横の乃梨子さんも同じことを考えていたらしく。
顔面蒼白の中に、怪しげな笑みを浮かべて再び逝ってしまいそうになってるし。
「乃梨子ちゃん!しっかり!」
「……はっ?!」
「ふう。ダメよ、想像しちゃ。まあ、どうせすぐにその影響力を目の当たりにするだろうから……と、ほら、見えてきたわ」

ぎい、と温室の扉を開けると、そこには。
横たわる白薔薇さま、藤堂志摩子さまとその傍らで焦って呼びかけている祐巳さま。
「ああっ!蔦子さんいいところに!どうしよう、志摩子さんが気を失っちゃったの!」
焦る祐巳さまも、何て可愛らし……い、いや、今はそれどころじゃなくて。
やっぱり祐巳さまは無意識に発動されてたんですね。
今もその原因に全然気がついてないし。

呆然とする私たちの間で、蔦子さまが呟いた言葉が、やけに響いて聞こえた。



「ああ、やぱり発動しちゃったのね、禁じ手を」
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by rille | 2004-09-18 04:30 | まりみてSS
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