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そこはかとなくマリア様がみてる。 marimite.exblog.jp

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まりみてSS現在36本。紅薔薇属性……っていうか、祐笙推奨ブログ(笑


by rille
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いつかの道





彼女たちにとって私はどうしても「薔薇さま」のイメージが強いようだ。
そして私も今日くらいは祥子からその名称を借りて置こうと思った。私は確かに紅薔薇さまだったのだし彼女たちの今年1年間の高校生活の象徴を崩すのも悪いと思ったから。

「紅薔薇さま、ご卒業おめでとうございます」
口々に言っては私の周りに集まる後輩たちにありがとうと答えながら、江利子ならきっと、「もうちょっと気の利いた挨拶はないのかしら?」くらいは口に出さなくても思ったりしているのだろう、などと考えていた。
もちろん、だからと言って私までそう思ったわけではなく。
例え聞いているこちらとしては同じ言葉でも、きっと彼女たちの言葉に乗せる想いは異なるのだろうから。
だから、どんなに同じ挨拶であったとしても嬉しかった。

けれど。
「ご卒業ですね、蓉子さま」
そんな中で違う順序で、異なる名前で呼びかけられればそれなりに目立つものだ。
それはどんなに小さな呟きでも。
振り返ると、少女たちの垣根の向こうに見慣れたツインテールが何となく寂しげに揺れていた。
「ちょっとごめんなさいね」
挨拶を済ませた彼女たちを分けて祐巳ちゃんの前に出ると、彼女は言葉が届いているとは思っていなかったのだろう、ちょっとだけびっくりした目で私を見つめた。

「祐巳ちゃん」
「……はい、蓉子さま」

それきり言葉はなく。
ただ、風がそっと木立を揺らしているだけだった。





「それにしても」
「何ですか?紅薔薇さま」
「祐巳ちゃんには小姑のように煩く言うくせに、自分の体調管理はなっていないなんて。祥子にも困ったものね」
季節の変わり目は風邪をひきやすいから気をつけなさい、所用で校舎へ行こうとした祐巳ちゃんがコートを持たずに扉に手をかけた後、そう確かに祥子は言っていたのだ。
それなのに昨日の今日で本人が風邪でダウンとは。
それはまるで本当の姉妹のように、優しく祐巳ちゃんの頬に触れた後でちょっとした注意をかけた祥子を姉らしくなったと感心していたのに、これでは台無しではないか。
私が呆れたように言うと、
「あの、それは私が頼りないからお姉さまに心労をおかけしたからで、えっと」
祐巳ちゃんが慌ててフォローする。
「いいのよ、祥子にはいい薬だわ」
「いい薬?」
「そう。あの子ったら、最近祐巳ちゃんのことばかり考えて地に足がついてないのよね。まあ、姉妹になりたての姉は大概そういうものだけれど、祐巳ちゃんを妹にしてから1ヶ月以上経つんだから、そろそろ、ね」
ちょっとだけ悪戯っぽく笑うと、祐巳ちゃんは難しそうな顔で私の横を歩きながら考え込んでいる。
聖が言うところの『百面相』。
きっと、「どうフォローすればいいんだろう」「でも、自分も関係あるってことだし」なんて色々考えているのだろう。
それがわかりやすくて、私は思わず笑ってしまった。
「へ?ええ?」
心中でうんうん唸っていた祐巳ちゃんは、私が何に笑ったのかわからなかったのだろう。
きょとん、それから困惑。
それがまた可笑しくて、くすくす笑いからついに声をあげてしまった。
「あ、あの、紅薔薇さま?」
更に困惑の度合いを深める祐巳ちゃんを見ながら、このまま困らせていてもいいかしら、などと江利子のようなことを考えてしまった瞬間、
「……それは嫌だわね」
一気に笑いは収まり、友人に対して失礼ではあろうけれど客観的には当然な感想を漏らしてしまう。
折りしもマリア様の前。
タイミング的にもちょうど良かった。
「何でもないのよ。さ、お祈りを済ませましょう」
「は?はあ……」
納得いかなげな表情をしつつも、私の隣で両手を合わせる。

先に済ませた私は、真剣にお祈りを続ける祐巳ちゃんを鑑賞する。
平凡な生徒。
祥子の快癒でも祈っているのだろう横顔を見て、ふと第一印象を思い出した。
くるくると変わる表情はとても愛らしいのだけれど、黙って立っていればごく一般の女子高生でしかない。
けれど私がそう思ったのは彼女を見た印象からではなく。

「紅薔薇さま?」
「あ、終わったのね。これで祥子もきっと明日にはよくなるわ」
「あう……お祈りの内容までわかっちゃうんですか」
お祈り中にも百面相が出ているとでも思ったのだろうか、少ししょんぼりとする。
どうやら気にしているらしい。
「違うわよ。姉が病気の時に長いお祈りをする妹なんて、みんなそんなものだから。祐巳ちゃんがこれだけお祈りしたんだもの、すぐに治るわ」
そっと頭を撫でながら言うと、途端にぱっと明るくなり、そしてくすぐったそうに肩を竦めながら微笑んだ。
そんな表情も、同性である私が見てもちょっと恥ずかしくなるくらいに可愛らしい。
……少しだけ、聖の気持ちがわかる気がする。
「紅薔薇さまは何をお考えだったんですか」
「え?ああ……そう、祐巳ちゃんの第一印象を、ちょっとね」
歩を進めながら正門へ向かう。
この並木道が、リリアンで一番好きだ。
それも、常緑樹の多いリリアンの敷地で、枝ばかりが目立つこの季節が。
そう思いながら、私はさっきの続きを祐巳ちゃんに話し始めた。
「第一印象……やっぱり、平凡、ですか?」
「ふふ、そうね。それは否定しないわ」
「はあ。やっぱりそうですよね」
「あら、でも祐巳ちゃんが思っているようなことではないわよ」
祐巳ちゃんは私の言葉に、え?と表情で返した。
「正確に言うと『平凡』ではないと思うわ。そうねぇ……『日常』かしら」
「にちじょう?」
「そう。ねぇ、祐巳ちゃん」
「はい」
マリア様からちょうど5メートルくらいだろうか。
足を止めて振り返る。
マリア様の背後を覆う緑の木立が途切れ、ここから茶色い景色が続く。
その境目を指差して、
「私ね、ここからの道が一番好きなの」
「はい」
突然何を話し始めるのだろう、といった感じの祐巳ちゃんの疑問には答えず、私は先を進めた。
「ロサ・キネンシスが別名コウシンバラ、もしくは長春花というのは知っていて?」
「はい。長春花というのは知りませんでしたが」
「四季咲きだからなのかしらね。コウシンバラというのは、庚申」
指で宙に描きながら、
「つまり、庚申のある月、隔月で咲くかららしいわ」
「庚申……庚申講が行われる日」
古典の授業を思い返しているのだろうか。
「そんなに難しく考えなくてもいいのよ。とにかく、紅薔薇が四季咲きというのが私の中に何故か残っていて。それがいいとか悪いとかではないのだけれど、私は四季の中で、冬が一番好きなのよ」
「公孫樹並木は四季を感じられるから好き、なんですね」
「どこかに反発のようなものがあったのかも知れないわね。紅薔薇のつぼみの妹になってから……1年の時から、冬の枯れた木々の下を歩くのがますます好きになったの」
再び歩を進める。
ゆっくりと、過去を確かめるかのように。

「それで、それが……」
「そして、祐巳ちゃんに初めて出会ったのも、この道」
おずおずと聞いてきた祐巳ちゃんの言葉を遮って、私は言った。
「えっ?」
案の定、彼女は驚いて聞き返した。
「私、薔薇の館で……いえ、それ以前にももちろんお見かけしてましたけど」
「覚えてないわよね」
「えっとあの、その……すみません」
しょんぼりしてしまった祐巳ちゃんに軽く手を振って、
「気にしないで、そういう意味で言ったわけじゃないのよ。私も思い出したのは最近。というよりも一ヶ月前なんだから」
「一ヶ月前、ですか?もしかして」
顔を上げてすぐに思い付いたのは当然だろう。
一ヶ月前で彼女がすぐに思い浮かべるのは、祥子と姉妹の契りを交わした学園祭しかないのだから。
「そう、たぶん祐巳ちゃんの想像通り。学園祭の時よ」
正解を微笑みで返す。
もちろん祐巳ちゃんには疑問が残るわけで、私が話すのを待っているのか口には出さないけれど顔が「いつ会っていましたか」と聞いている。
ロサ・キネンシスの話などでだいぶ回り道をしてしまったし、あまり焦らすのも可哀想なので私はあっさりと簡潔に事実だけを述べた。
きっと、その後は彼女が色々と考えてくれるだろう、そういう子だから。

「私が1年の時よ。中等部だった祐巳ちゃんが……あれは時期的に高等部見学ね、でここに来た。クラスからはぐれてしまった祐巳ちゃんが慌てて走っていた」
「あ……」
思い出したようで、祐巳ちゃんが小さく口の中で呟く。
と、見る見る頬に朱がさして、
「あ、あれを見ていたんですかっ?」
確かにあまり見られて嬉しい光景ではないだろう。
あの頃からのトレードマークなのだろう、ツインテールをばさばさにしながら慌てていたから。
それにしても、
「見ていた、だなんて冷たいわね祐巳ちゃん。私はあの時同級生がいるところを教えてあげたのに」
そう言うと祐巳ちゃんの口は「あ」の形で固まってしまい、ゆっくりと進み始めていた足も止めたままになった。
「中庭で中等部の子たちに会っていたから、胸のリボンを見てこの子ははぐれてしまったんだな、とすぐにわかったわ。それで声をかけて中庭の方にみんながいたことを教えてあげた」



『ねぇ、あの方って……』
『間違いないわ、ロサ・キネンシス・アン・ブゥトンよ』
『声をおかけしてもいいかしら?』
『じゃあ、みんなでご挨拶しましょうよ』
胸のタイがリボンになっただけで、だいぶ違うんだなと思った。
高等部でもそういった囁きを聞かないでもないのだけれど、何と言うか……子どもっぽいのだ、多分。
お姉さまの妹になり、称号で呼ばれるようになった頃から私をちらちらと覗く視線の中にそういう会話の端々を伺うことができたが、それは将来『紅薔薇』を冠することのできることへの憧れ、という感じがした。
だが、リボンを揺らしながら嬉しそうに小声で話す彼女たちはそういう世界そのものへの憧れである気がする。
『薔薇さま』への、ではなく『薔薇さまのいる世界』への憧れ。
だからそんな世界に自分を置ける高等部進学のための見学自体が嬉しく、数ヵ月後の自分たちを取り巻く世界を夢見ているのだろう、きっと。
『あ、あの』
もちろん、そんな彼女たちが疎ましいというわけではなく、寧ろ微笑ましいと思っていた。
私自身は中等部からのリリアン生だが、あまりそういった気持ちは持っていなかったような気がするから。
『ごきげんよう。大切な3年間を過ごすところだから、しっかり見学して決めてね』
だから私は中等部には自分の意思で入学したし、高等部もまた自分で決めようと思っていた。
結局、リリアンに進学したのだが。
『ごきげんよう、紅薔薇のつぼみ』
『ごきげんよう、お会いできて嬉しいですっ』
けれど彼女たちは何の疑問もなく高等部へ進学するのだろう。
こうして怖気づくことなく私に声をかけてくるのもそんな世界に憧れている彼女たちの無邪気さであり、幸福の証なのかも知れない。

我も我もと声をかけてくる少女たちは、きっと私の名前を知らないのだろう。
『薔薇さま』のいる世界、高等部への憧れを抱いたまま、そして私もそれを敢えて壊そうとも思わず彼女たちとの邂逅は終わった。



「私はお姉さまが好きだった。だから妹になったのだけれど、紅薔薇のつぼみと呼ばれるようになってから果たして私は水野蓉子なのか紅薔薇のつぼみなのか、わからなくなってきていたの。それほど深刻に考えたわけじゃないけど」
「……」
祐巳ちゃんは黙って私の話を聞いている。
思い出しながらなのだろう、時折はっとしたような表情を見せながら。
「山百合会の仕事が嫌なわけではなかったし、別段気に留めるほどでもなかったけれど、中等部の子たちにまで紅薔薇のつぼみ、と呼ばれたことで不意に思い出してしまったのね。何だか『水野蓉子』が私から離れていってしまったような気がして」



『ごきげんよう。クラスメイトなら中庭の方にいるわよ』
『へ?あっ』
さっきの子たちも子どもっぽくて可愛らしかったけれど、この子はまた少し違う。
精一杯背伸びして「ごきげんよう」やそれだけでなく「紅薔薇のつぼみ」と中等部では使わない言葉を口にする彼女たちとは。
『中等部の高等部見学でしょう?お友達とはぐれてしまったのね』
例え背伸びしていなくても、少なくとも私の知っているリリアン生では『へ?』と聞き返してくる生徒はいない。
まあ、聖が少しそれに近いかも知れないけれど。
『あ、はい。ありがとうございます、えと……』
『ロサ・キネンシ……』
ス・アン・ブゥトンと呼ばれているわ、ここでは。そう続けようとした私の耳に意外な言葉が聞こえた。
『ありがとうございます、えと……蓉子さま』



「私の名前を知っているのか、と尋ねたら祐巳ちゃんは『蓉子さまはロサ・キネンシス・アン・ブゥトンでしょう?』と言ったわね」
「はい」
責めているつもりはないし、祐巳ちゃんもどうやら思い出したようで忘れていたことを恐縮しているのだろうか肩を竦めているので敢えて優しく言う。
「それが何だかね、嬉しかったのよ」
「嬉しい?ですか・・・私、間違えて本名でお呼びしてしまったのに」
「間違えていなかったからよ」
「??」
わからなくていい。
私だけが嬉しかったことを覚えていればいいのだ。
私を水野蓉子に戻してくれたことを。
私にとって、水野蓉子こそが自分であり日常はその名前と共にあるのだという当たり前のことを、その時まで曖昧なまま置いていたことを。

そして、山百合会の一員としての学校生活の中で自分の境界が曖昧になりそうになると、呪文のように祐巳ちゃんの言葉を思い返していたこと。
今ではそうする必要などなくなったけれど、それでもその繰り返したことがまるで庚申ごとに咲くコウシンバラのようだと思って、黄薔薇でも白薔薇でもなく紅薔薇であることがつきづきしいと思うようになったこと。
「だから、祐巳ちゃんは日常なの」
「え?ええ?」
わざと混乱させるように突然話を元に戻すと、案の定祐巳ちゃんは戸惑って「え?」を繰り返す。
そんな所が可愛いから故意に混乱させているだなんて、私も聖に近づいてしまっているのかも知れない、そう思うとちょっと納得がいかなかったけれど。
ふ、と横に視線を移すと、百面相をしている祐巳ちゃんがいた。
妹は支え、いるだけで姉の支えとなる存在。
でも今は、妹と言う言葉を孫に代えてもいいと思う。
私にとっての祐巳ちゃん、だけの特殊な事例かも知れないけれど。

「さ、行きましょう。これ以上バスを遅らせると乗り継ぎが大変になるわよ」
そっと肩を押しながら歩を進める。
「あ、はいっ」
慌ててついて来る祐巳ちゃんを見ながら、私は紅薔薇として私と祐巳ちゃんを引き合わせてくれた今は風邪でうんうん唸っているだろう祥子に感謝した。





「ご卒業……なんですね」
寂しげな表情のまま、それでも笑顔を作ろうとする祐巳ちゃんに、
「寂しい?」
当たり前だろうことを聞いてみる。
由乃ちゃんだったら、本当に心の底から「これで邪魔者がいなくなってせいせいしますわ、おほほほ」とか言いそうだし、それに対して江利子もきっと黙ってはいないだろう、と我ながら卒業式に相応しくない場面を想像してしまう。
でもこの場は私と祐巳ちゃんだ。
珍しいくらいに純粋な子だから、知り合いに3年生がいなくっても寂しいと思ってしまうだろう。
「はい。蓉子さまのいないリリアンが、まだ想像できません」
言外に含めた、無理して笑わなくていいのよ、という思いを汲み取ってくれたようだ。
泣きそうな表情を隠そうとせず、祐巳ちゃんはそう言うと俯いてしまった。
周囲にいた子たちも私たちに遠慮してか、少しずつ離れていき、さっきまでにぎわっていた空間には私と祐巳ちゃんだけになった。
風が2人の間を吹き抜けていく。
目をやると、いつか2人で歩いた道が早春の空気に霞んでいる。
正門に続く道を眺めながら、私は寂しさが急速に薄れていくのを感じていた。
そうだ、私は紅薔薇なのだから。
祐巳ちゃんの言葉が、存在が、思い出が常に私の傍らにあったように。
今度は私がいつでも祐巳ちゃんのそばにいよう。

「祐巳ちゃん」
そっと頭を撫でながら言うと、ようやく顔を上げて潤ませた瞳を向ける。
「私は寂しくないのよ」
「……え?」
あの時のように、わからないと言った表情になる。
「だって」
そう。
初めからこの子は特別な存在だったのだ、私にとっては。
「私は卒業しても、祐巳ちゃんのそばにいるのだから」
この想いが何なのか、それはわからない。
おばあちゃんとしてなのか、それとも他の何かなのか。
「いつでも、一緒にいるのだから」
いつかわかるのかも知れない。
ずっとわからないままかも知れない。
「祐巳ちゃんが、そう望んでくれる限りは」
それでもいいのではないか。
今、私が祐巳ちゃんと一緒にいたいと思っていること、それが大事なのだから。



「はい。私も、蓉子さまとずっと一緒に……いたい、です」
ようやく微笑んだ祐巳ちゃんは、そう言うとおずおずと手を差し出してきた。
私も微笑みを返すとその小さな手をそっと握る。
「あの時みたいに……一緒に帰りましょうか」
「はい」
歩き出した私たちに、風は優しかった。
こうして一緒に歩くのだ、きっと。
これからもずっと、いつかの道から続く、私たちの道を。
by rille | 2005-04-07 01:10 | まりみてSS