からだ





嫌な予感はしたのだ。

「だから、私だって」
「バカなこと言ってるんじゃないわよ、聖。私に決まってるでしょう」
「江利子、あなたもね。順当に考えて、ここは紅薔薇でまとめるのが当然でしょう」
「そうですわね、お姉さま。議論の余地はありませんわ」
「ちょっと待ってよ祥子。話し合いも却下じゃあ実も蓋もないでしょう」
「そうよね令ちゃん。で、ここはやっぱり祐巳さんの大親友である私……」
「それなら私の方が相応しいと思うのですけれど」

紅薔薇の蕾が絡む話で平和的に話し合い、ということそのものが間違っていると思う。
三奈子さまは嬉々としてメモを取っているし、その隣の妹、真美さんも同じ。
当事者の一人である新聞部代表として、この場を何とかしてさっさと話し合いに入ろうと言う考えはないものか。
渦中の祐巳さんはと言えば、山百合会のメンバーの間で右往左往。
まあ彼女にしてみればあっち立てればこっちが立たず、で仕方ないんだろうけど。

「蔦子さん、何とかしてえ~」
や、私に泣きつかれてもねぇ……。
「そんなこと言われてもね、これは諦めて決着つくまで待つしかないんじゃない?」
「そんなあ……」
とは言え、確かにこのままじゃあ埒があかない。
私としては格好な被写体、と言いたいところだけど私が撮りたいのは単なるどたばたじゃないんだよね。
真実の姿って言えばそうなんだろうけどちょっと食指が動かないし、それにそもそも今日の話し合いであるところの、「リリアン瓦版関係者と山百合会の歩み寄り」って議題に反しそうだし。
「はあ。三奈子さまはメモ取ってるし。これじゃあ何のために今日の会議があるのかわからないよ……」
おや。
祐巳さんもちゃんと今日の議題を覚えていたのね。
「そうね。もはや誰も今日の話し合いの目的を覚えていなさそうよね」
「そう思うんなら協力してよ、蔦子さん」

と私たちがこそこそと、いやひそひそ話をしなければならないほど静かなわけがないので、むしろ喧騒に巻き込まれないよう普段より少し大きな声で話している横で、相変わらずの争奪戦が繰り広げられている。

「たまにはいいじゃないのよ、蓉子のケチんぼババア」
「何ですって聖!もう一度言ってご覧なさい!」
「ちょっと聖、蓉子を怒らせるの止めなさいよ。話し合いの余地がなくなるでしょう」
「江利子さま、お言葉ですがそもそも話し合いの余地などないと、何度言えばおわかりになるのですっ」
「祥子さま横暴!」
「何ですって、由乃ちゃん。もう一度言ってご覧なさい!」
「さすが、紅薔薇ファミリーは台詞まで一緒なんだね」
「令さま、そんな冷静に言ってる場合ではないと思うのですけど」

うーん。
面白いけど、どうして座る場所程度でこんなに白熱できるんだろう。
この辺りのエネルギーを他に回せないものだろうか。
「しっかし、これほどの大騒ぎになるとはね」
話し合いは山百合会VSかわら版関係者、だから当然両者が相対するわけで。
いつもテーブルを囲むように席についている山百合会のメンバーが横一列に並ぶ際、どんな順番で並ぶかでひと悶着起きてるわけだけど、
「別に、どこかで切って、そのまま横に広がればいいだけの話なんだけどね」
「それを提案してよ、蔦子さん」
「無理、無駄、無意味。だって、さっき祐巳さんが提案して即時棄却されてたじゃないの」
「だから、切る場所の提案を……」
「祐巳さんの右隣で切り分ければ祥子さまが納得いかないでしょ。左隣で切れば今度は蓉子さまが怒るだろうし。かと言って他のところで切る提案は他の薔薇さま方が頷くわけないじゃない」
「そうなんだけど」
「だとしたらその提案そものが無駄よね。というわけで賢明な蔦子さんとしては諦めて傍観、というわけ」
「はあ……」
まあこんな予感はしていたんだよね。
話し合いのことを聞いてからどういう風に着席するんだろうって。
かわら版関係者の方は、三奈子さまを中心に真美さん、私が両隣に座り、そこから新聞部・写真部関係者がそれぞれに続くって形で容易に想像できたんだけど、山百合会の方は、ね。
ことが祐巳さん関係になればこうなるって推測はたやすいわけで。

「祐巳は私の妹です!姉と妹がなぜ離れなければならないんですか!」
「何よ、祥子。じゃああなたは姉らしいことをちゃんと祐巳ちゃんにしてあげてるわけ?私なんか、あ~んなことやこ~んなことまで……」
「それ以上言ったら、命の安全は保障できませんわよ」
「それを言うんだったら、私だって祐巳ちゃんのために祐巳ちゃんが大好きなお菓子を厳選して毎日作って来てますよ」
「ちょっと令ちゃん!祐巳さんの好みを調べたのは私じゃない!」
「あら、私なんて祐巳ちゃんの好みは調べなくたって日々接しているとこからちゃんと把握してるわよ。わざわざ調べなきゃいけないようじゃまだまだね、由乃ちゃん」
「ぐっ!」
「そうですね、祐巳さんの好みはわかりやすいですし。祐巳さんは西洋人形のような白い肌にふわふわ栗色の巻き毛が好きなんですよ」
「志摩子、あなた何の話をしているのよ」

話はどんどん関係ないところへすっ飛んでいくわね。
お。
「ふふ、がっくり項垂れる祐巳さん頂きっ」
カシャ。
「蔦子さん……今日は撮らないんじゃないの?」
「撮らないなんて言ってないわよ。かわら版と山百合会の関係を悪化させうような写真は慎むってだけで。祐巳さんの写真ならどっちにとってもいいことだし」
「へ?」
「ああ、いいのいいの。祐巳さんは気にしなくて」
もちろん、こうしている間にも。

「もうっ!私なんか祐巳さんのおしりまで見たことあるんだからっ!」
「なにっ!!由乃ちゃん、許さないよ!祐巳ちゃんの体は私だけのものなんだから!」
「ちょっと聖さま!祐巳は私のものです!」
「何よ祥子、それくらいで。私だって祐巳ちゃんの……ふふふ」
「令さま、命が惜しくないのですね?」
「し、志摩子、それはやばい、やばいって!痛たたたた!」
「全員地獄行き決定ね。祐巳ちゃんの玉のお肌に触れていいのは私だけなんだから」
「あら蓉子、私だって祐巳ちゃんの……うふふ。きれいだったわあ」
「こら、このデコ!お前もかっ!」

うん、関係ないね。
もう全然関係ない。
どこをどうひっくり返しても、席順の問題なんか出てきやしない。
三奈子さまがさっきから目線で「早くこのおいしい場面を撮っておきなさい」って合図してくるけど、ここまで血走った目をしている薔薇さま方の写真は逆に撮りたくない。
ていうか、暗室で見たら失神しそうだし。
「祐巳さん、どうしたの?」
ふと祐巳さんが静かになったのが気になり視線を動かして見ると、既に諦めた様子で私の隣でお茶なんか啜っている。
しかも玄米茶。
意外と渋い好みしてるのね。
「ああこれ?志摩子さんが持ってきてくれたの。結構おいしいよ、蔦子さんも飲む?」
いや結構です。
志摩子さんが持ってきた、という辺りが微妙に怖いので遠慮します。
「もう諦めた?」
「うん。こうなったら誰にも止められないから」
「あら、達観してるわね。なら最初から諦めればいいのに」
「うーん、何ていうか、レベルがあるんだよね」
「レベル?」
「うん。私の、その……か、体の話になると……」
恥ずかしそうに。
……あのぅ……
まさかその態度は、皆さんの言ってる通り祐巳さんの体はもう……
「そ、そんなわけないじゃない」
「そりゃそうよね」
しかし、祐巳さんの体……ちょ、ちょっといいかも。
もう今日はどうしようもなさそうだし、ここは祐巳さんを連れ出してヌード撮影(もちろん自分専用)なんか……
「つ、蔦子さん!お茶入れてあげるね!」
……しまった。
思わず涎でも垂らしたか?
うん、涎は出てない。
すると山百合会の皆さんと同じ、血走った目をしてしまったのだろうか。
そう思ってもう一度見ると、

「私なんて≪検閲削除≫」
「何よ、それくらい!私だって≪自主規制≫なくらいに体の関係を!」
「へっへ~んだ、≪映倫規定違反≫くらいで何よ!」
「祐巳さんの体は≪放送禁止≫なんだからっ」
「あら、≪記載不可≫は私とだけのはずなんだけれど」
「ふうん、皆浅ましいわね。私だって≪校訂済≫」
「祐巳の≪それはまずいです祥子さま≫は≪だからまずいですって≫!」

……まずい、まずいわよ、武嶋蔦子。
こんなのと一緒になっちゃ、もはや女子高生とは呼べないわ。
一気に血の気が引いて冷めてしまった私の耳に、流しに向かった祐巳さんの声が入ってきた。

「あ、ごめーん蔦子さん。お茶葉、からだー」



……祐巳さん、今回の落ちはそれですか。
もう、どうでもいいけど。
それより気になるのはさ、んーまあ今更な気もするけど。

どうして卒業された前薔薇さま方までいらっしゃるのか、ってことなんだけど。



ああ、そうか。祐巳さんが関係するからだ。
って、私までこんな落ちなのね……。
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by rille | 2004-09-11 02:34 | まりみてSS
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